律花高校吹奏楽部・短編小説集

これは青春のすべてを吹奏楽に捧げる者への賛歌である。

Organizational Dynamism

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 


部活動推薦入学の実技試験時の個別面談にて―――


監督は、エントリーシートを見るなり、目を剥いた。
まさか、こんな逸材が、ウチにくるとは..
だが、逸材であるからこそ、一人だけ特別扱いをすれば、他の部員のモチベーションにかかわるかもしれない...

そんな思いが頭の中をよぎり、次の言葉が出てくるまで、数秒を要した。

「…全日本中学ソロコンで、審査員賞とは、すばらしいですね。」

  「ありがとうございます。」

「これまで、どのような練習をしてきたのですか。」

  「6才から始めて、現在、○○大学の□□先生門下の△△先生に、ここ2年間ほど、週2回ご指導いただいています。」

「ああ、道理で...。いや、奏法が似ているので、ひょっとしたら..と思ってたのですが..なるほど。」

監督は、うんうんと頷きながら、それでいて、(さあ、どうしようか..)と、やや硬さの残る表情で、次の質問をした。

「音高へは行かないのですか?」

  「律花高校吹奏楽部さんには、"夢"があります。」

「いや、どこでもそうですが...組織に所属する以上は、まず、組織の目標達成が第一です。皆とともに、歩調を合わせ、同じ時間を共有しなければなりません。苦労も、喜びも分かち合わなければなりません...」

  「それは、承知です。...じつは、これまで、演奏を磨いてきたのですが、演奏の豊かさの裏付けとなる人生経験が乏しくて...、表現力の上で、限界がでてきてしまっているのです。」

「なるほど..」

  「こちら律花さんでは、他校ではなしえない、いろいろな経験をさせて頂けますし、なんといっても、ひとりひとりの生徒のこれまでの生き方が、どのように演奏に反映されているのかまで、ひとりひとり、よく見て下さっていると伺っています。」

「ええ..」

  「ぜひ、みんなと一緒に、泣いたり、笑ったり、悩んだり、励まし合ったり、嬉しさを爆発させたり...いろんな人生経験を深めさせてもらえれば..と思うのです。」

「わかりました..。」

今度は、監督の表情に、はっきりと、意思のようなものが浮かんできた。

「組織としての目標もありますが、あなたの才能の伸びしろは、残してあげたい..。入部後は、アンサン・コンの主要メンバーになってもらうということで、コレオグラフィーのほうは基本練習だけでいい。引き続き、個人レッスンは続けてください。えこひいきだという部員はいないでしょう。みんな、いろいろな価値観を受け入れられる生徒たちばかりですから。」

  「有難うございます。」

「ただ、一つ。みんなに愛される部員になるためにはどうしたらよいか、常に考えるようにはしてください。」

  「ほんとうに有難うございます。」


生徒の退室後、監督は考えた。

猛訓練の日々を乗り切ってきた固い団結力があるからこそ、特に秀でた生徒が輝く場を作っても、それは、組織の幅やダイナミズムになると、皆、理解できるだろう。また、個々の活性化や一層の団結心の強化にもつながるかもしれない...。ひょっとしたら、律花吹部始まって以来の、東京の国立芸術大学合格者が出るかもしれない...

―――そんなことを考え始めたら、なにやら、監督は、そわそわしだした。

 


4月。練習初日。

彼女のうわさは、すでに部員たちにも伝わっていたようだ。すごいルーキーが来るらしい...。

監督は、新入部員の紹介の後、全員の前で、彼女に吹かせてみた。


皆、目を見張り、次の瞬間、どの団員の表情にも、まるで自分のことのように、満面の嬉しさが浮かんだ。悔しいという表情のカケラすらない。あまりの見事さに、むしろ、笑いを堪えられないという表情の団員ですらいる。

演奏が終わる。

と、数秒してから「おおーっ」という賛嘆の声が、心からの拍手とともに沸き起こった。

その様子を見届けると、監督が、おもむろに、パート・リーダーに声をかけた。

「どうやった?」

2、3秒してから、「あっ!」と放心状態から覚め、

  「すごすぎて、放心してしまって..」

周りから、どっと、笑いがわきおこる。

パートリーダーは続ける。

  「…すごい以前に、"もったいない"です。ほんと、もったいない。現時点でこれだけの才能があれば、芸大はもちろん、将来はプロになってもおかしくないと思います。本音言っちゃうと、部員として喉から手が出るほど欲しい。けど...、私の力や、今の体制では、彼女の才能をのばせる自信がない。それが、歯がゆい..。残念ながら..。」

監督は、頷きながら

「リーダー、ありがとう。無理に振ってしまって、悪かった。ところで...」

監督は、一拍入れ、生徒たちを見回した。そして

「...みんな、楽器好きか?」

部員たちから、(なにを今さら..)という失笑がこぼれる。

たしかに、監督の質問としては、意表をついていた。

「その気持ちを、そして、いろんな思いを、楽器に語らせているか?」

今度は、皆、黙りこんでしまった。

「語らせるには、どういたらいい?―――部長。」

  「はい、技術だけでなく、いろんな人生経験を積むことだと思います。」

「そや。曲想を理解し、素晴らしい演奏をするには、その裏付けとなる、いろんな人生経験が必要なんや。いくら美しい奏法を身に着けても、自分の実体験が背景としてなければ、重厚さがない。訴求力に欠ける。応用も効かない...。」

部員たちは頷く。

「大事なのは、互いに影響し合い、さまざまな経験を積むことや。今の演奏は、全員の行きつく先にあるものではないが、すぐそこに、突出した感動演奏をしてくれる同世代がいる。互いに積極的に交わることで、これほどよい人生経験が得られるチャンスはないだろう。また、君たちの人生経験からも、ぜひ、彼女に影響を与えてあげてほしい。」

部員たちは頷く。

「組織の在り方のバランスは、固定されたものではない。うちの吹部には、並外れた才能を受け入れる、柔軟さやダイナミズムがあるはずだと思う。基本練習は共に仲間として、みんなといっしょや。マーコンは出られないが、アンサンコン要員として、また、組織からはいくぶん独立して、律花吹部の看板も背負ってソロコンのほうにも力を入れてもらう。みんな、いいか?」

「はいっ!」

みんな、ニコニコしている。
全体が柔らかい雰囲気に包まれ、明るくなった。
祝福の拍手―――

ルーキーのほうは、涙腺を弛ませながら、何度もペコペコしている...

 


翌朝。

朝練習前の練習場には、ルーキーは、だれよりも早く駆けつけ、掃除を始めた。

後から入ってきた同級や先輩たちだれもが、彼女に明るく声をかけている...。


―――そんな日常の一コマに、律花吹部のダイナミズムを垣間見た。

 

 

 

 

moving stories

 

(原型となったモデルの方の'生きる力強さ'に感銘し、そのご努力を称揚させていただく目的で、想像で描かせていただいたものです。読者の皆様におかれましては、本作がきっかけで、モデルとなった方への温かい眼差しの気持ちをいつまでも持ち続けて下されば、幸いに存じます。)

 

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そして、めぐる

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

 

定期演奏会の最後のお別れ、引退の場面。
  ―――後輩の演奏するセイリングとともに、光に包まれながら舞台を降りた。
     ステージ階段下で泣いている1年生の頭を、そっと撫でてあげた。
     通路を上っていくと、お母さんがハンカチを目にあてていた..
 

ああ、今日も、昔の夢をみてしまった...
 
「ママ、おはよお。」
 「おはよう。ユイ、この間の志望校判定、どうやったん?」
「B判定..」
 「頑張ったやん!学科は、気い抜かへんかったら、いけるなあ。...それより、こないだの部活動推薦の実技のほう、どうやったん?」
「律花の監督の先生が、入部楽しみに待ってます、言うてくれはった。」
 「よかったなあ...監督の先生に、ママのこと、話したん?」
「話さへんかった。昔と苗字も変わってるし、なんか、めんどいし..。」
 「そう..」
「そやけど、めっちゃ感じええ先生やった..。この先生のとこなら、頑張れる思た。」
 「うん、うん。」
「そんでな、先輩たちの練習もちょっと見学させてもろたり、クラのパート練習も、ちょい体験させてもろたりしたけど、みんな、ええ人たちばっかり..」
 「うん、うん。」
「監督含めて、全体が一つに団結しとるのがようわかった..」
 「良かったなあ。」
「ママのときも?」
 「同じ監督。ちょい、お腹が出てきたみたいやけど..」
「はは..」
 「そやけど、律花吹部の良さは、全然、変わってへんみたいやな。嬉しいわあ。」
「ママも、あの衣装に憧れたん?」
 「それもあるけど...雰囲気...やな。」
「雰囲気?」
 「そや。おばあちゃんといっしょに、入試前、いろんな高校の吹奏楽部に見学にいったけど、なかには雰囲気がキリキリしとるとことか、監督だけ、変に明るいとことか...いろいろあったんけど、律花だけが、全体がほんわか優しい感じ..。それでいて、硬う結ばれとる..。」
「あ、それや!うちが惹かれたんは..」
 「そやろ。それでいて、全国金賞なんやから、すごいもんやわ。」
「ママのときも、金賞やったんやんな。」
 「うん。あん時は、監督も、目え真っ赤にして喜んでくれはっとった...。ああ、ええ先生やな..って。」
「ああ、あのWeb動画な。ママがめっさ若くてスリムで..」
 「いらんこと言わんときよし。」
「はは...」
 

こうして、ユイは、めでたく律花吹部に入部した。
 
「ママは、2年のとき、アンサン・コンに出たんやんな?」
 「そやなあ。ほんまは1年のときに選抜されるんを狙うててんけどなあ..。」
「そやけど、すご~い。」
 「ユイが、もし1年から出られたら、新しいクラリネット、買うてあげるわ。」
「え、まじっ?キャ~!やばい!やばい!やばい!やばい!カスタムの上級、ゲット~!!」
 「…出てからなあ。」
「うち、ぜったい、がんばる。秋まで、がんばる!!」
 

それからというもの、ユイは、ロングトーンの練習や指回しの練習を人の2倍やったり、パートリーダーに個人レッスンをしてもらったり、コーチにひんぱんに聞いてもらったり..
 
はじめは、新しいクラリネットにつられていたのだが、一つできるようになると、また次の山が見えて来る、それを乗り越えると、また次の..と、どんどん技量が上達してくのが、ユイには新鮮で嬉しかった。そのスピード感と手応えが、なにより心地よかった。

監督の永年築き上げてきた素直で風通しの良い環境と団結心、そしてユイの持ち前の明るさと気迫とが、眠っていた才能を大きく開花させたのだ。
 

 
アンサンブル・コンテスト会場にて―――
 
ママは、自分が高校時代かなえられなかった夢を、二十年経て娘が叶えてくれた歓びを、ひしひしと感じていた。ママは、実は、ゆくゆくは部長かDMになりたかったのだが、幹部になれるのは、1年生からアンサン・コンに出られた者――との不文律があったのだ。全国金賞レベルの吹部で、1年生からアンサン・コンに出ることが、どれほど大変なことか―――それを、ママは一番よく知っていた。

 

 
2年生になった。
 
「ママ、クラのサブ・リーダー任せられたで。」
 「やったやん!」
「ママみたいに、パートリーダーになれたら、ええーなあ。」
 「ほんまは、ママは一番上手いわけやなかったん...。」
「えっ?一番上手い人がなるんちゃうん?」
 「もちろん、ある程度の技術は必要や。そやけどなぁ、クラリネットって、バンドの要やさかい、まず、協調性や団結が大事やな。それにな...」
 
 ママは遠い目した。当時の気持ちが蘇ってきたみたいや。
 そうして、しばらくしてから
 
 「...それにな、ユイ。リーダーは強すぎるだけではあかん。」
「???」
 「コミュニケーションを十分にとっているつもりでいても、気づいたら、自分だけが浮いてしまっておった..ちゅう経験もあったな..。」

 ママは、また、遠くの景色を思い出したようだ。
 つぎに、ママは、何か言おうとしたが、思い直して、ユイにこう言った。

 「まあ..まずは、体当たりや。」

 と言って、ママは、ニッと笑い、ユイの右腕をポンポンとふれた。

 


サブリーダーとしての役割は、まさに、ママのいうとおりだった。
ユイは、団結第一に、コミュニケーションを大事にした。先輩、後輩問わず、積極的に声をかけた。また、練習ノートも各自が日々、つけるようにし、問題点を積極的に探して共有化し、先輩、後輩の区別なく、みんなで改善方法を考えたうえで、監督やコーチにどんどんぶつけていった。
また、準備室に呼ばれて注意を受ける時は、呼ばれたリーダー以外に、必ず、部長やら、副部長やら、DMやらを必ず同席させるように頼んだのもユイだった。
監督は、むしろ、喜んだ。

 「自分の考えを伝えるんは、まず、生徒の気持ちを汲み取ってからやな..。当たり前のことやけど、確かに丁寧にせなならんとこや。気付かしてくれてありがとう。」

こうして、監督と生徒の間、また生徒同士の間で、互いに尊重しあえる心が育まれ、団結力も堅固になっていった。
やがてファースト、セカンド、サード、バスクラ―――各員が、それぞれの役割をしっかり認識できるようになると、クラリネットパートが威力を発揮しはじめ、律花サウンド全体に、厚みと広がりとをもたらすようになった。ユイの奮闘が大きかった。
 
 
 

3年生になった。
 
ユイは、みんなの総意で部長に推された。
 
「うち、叱られる時の防波堤やんww」―――とユイは苦笑したが、強い部長は目指さないことにした。
すでに、コミュニケーションがよくとれ互いに尊重しあえる、吹部の'清らかな流れ'は、隅々まで行き届いている。
一見、茫洋とした、明るい『ユイ部長』が誕生した。
それは、常に、目配り、気配りしたうえで、皆をいつでも受け容れられるようにとの、彼女なりの間合いのとり方であり、そしてまた、'清らかな流れ'の泉でありたいという彼女の願いからでもあった。

 

 
 
 できすぎた娘...

ママは、わがことのように嬉しく、幸せに感じていた。
自分の青春時代、どこかに置き忘れてきた漠としたわだかまりを、わが子が見事に輝かしいものに磨き直してくれたのだ。輝きは、地位で生まれるものやない...姿勢やと。

 まっすぐ育つ環境を用意してくれはった監督のお陰や...
 

 
そして、定期演奏会―――

ユイもまた、セイリングの曲とともに、光に包まれながら舞台を降り、そして...

 

 

 

 

 

友情の響き

 (以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

 
律花高校と聖良高校との懇親会。
 
サックス・パート同士の集まりで―――
 
 聖良パートリーダー「律花さんとお付き合い始めて4年やなあ。懇親会ちゅうことで、ゲームばやらんか。」
 
 律花パートリーダー「うれしい!やりましょう。」
 
 それぞれが楽器を手にした。
 
 聖「じゃあ、リーダーの○○さん、Fん音ば出してくれる?」
 
 律花のパートリーダーのアルトサックスがF(ファの音)を出す。声帯まわりが共鳴し、さらに管体自体も震えているのがわかる。
 
 それを聞いた聖良のリーダーが、表情一つ変えず、
 
  「..ピッチが、少しだけ高か..」
 
 とぼそっと言いつつ、Fを出す。
 
 いきなり音がピタリと一つになり、と同時に倍音のC(ドの音)がうなりはじめ、さらに上の倍音も豊かに聞こえる。
 
 聖「じゃあ、一音ずつゆっくり上げてってもらえる?」
 
 律花のパートリーダーは、この時点で、つぎに何が起こるのかを察した。
 
 
 一音ずつ上がっていっても、音はピタリと1つになり、相変わらず倍音も豊か。
 
 
 聖「今度は、うちらアルト全員でやってみる。」
 
 聖良のリーダーの一言で、聖良のアルト・サックス全員が、律花のパートリーダーに合わせて音を出す。
 
 全員の音のはずなのに、心地よいほど1つの音にまとまり、リーダー1人のときと変わらぬ倍音の出方をしている―――というか、むしろ、透明感が増した。
 
 透明感が増したはずなのに、それでいて、個々の楽器の音が、粒だっている!
 
 
 凄い!
 
  ―――これが、吹奏楽コンクール全国金賞レベルかあ..。
 
 
 律花のパートリーダーは、数秒、目をつぶってから...ほな、これならどうや..とばかり、臨時記号のついた低音域をピアニッシモで吹いた。また、高音域を丸く吹いてもみた。
 
 すると、どうだろう、聖良の部員たちは、またしても先ほどと全く変わらずに、ごく、自然に合わせてくるではないか!クリアさが失われず、音のモコモコ感が全くない!


 
 これで、どれほどの練習量を積んでいるのかが、痛いほど良く分かった。

 敬すべきは、その音づくりに対する情熱だ。

 これは、アルトサックスのみならず、すべてのパートで同様なのだろう...。
 
 

 律花のリーダーは、上気した顔で、感動を少しも隠すことなく、
 
 「心からの友情、いただきました。聖良さん、どうも有難うございました。」 
 
 
 聖良の部員たちは、ニコニコしている。
 
 
 
 
 
 帰りしな、聖良のパートリーダーが、律花のパートリーダーのところまでやってきて、小声でささやいた。
 
 「…実はな、うちん監督から、やっちゃるよう、言われたと。」
 
 
 それを聞いて、感謝の念と同時に、本当の友情返しは、ピッチの精度だけでなく、音作りへの執念を持つことやな、とも思った。
 
 それにしても...

 うちら、なんで、こないに愛されるんやろう?

 中にいるからはっきりとはわからへんが、崩してはあかん部の姿勢があるんやろな..

 

 名残惜しそうに互いに手を振り合うなか、ひとりだけお辞儀をする生徒がいた。

 

 

 

 

リホ先輩

(以下はフィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

 

表彰式―――


「関西代表、律花高等学校。ゴールド金賞。」


DMのハナは、恭しく賞状を受けとる。

  去年は先輩たちが、全国金への扉をこじ開けてくれた。
  '改革'と'創造'とによって..。

  やけど、年々レベルアップしているなか、しっかりした持続可能な全国金への道筋を確立することも、先輩たちがやったことと同じくらい難しいことなのかもしれへん...。
  うちら世代は、それを成し遂げたんや!

そんなことを思いながら、ふと、スタンド席に目を遣る。


と、二階奥の出口へ向かっていく一人の女性の姿を認めた。

  あっ!リホ先輩や。リホ先輩が、来てくれはってたんや!


リホ先輩は、2年上の先輩で、コロナが猛威を奮っていたときのDMだ。

コンクールのみならず、全ての発表の場が奪われてしまったとき、自分たち世代は後輩たちの肥やしになるから..と、率先して縁の下の力持ちをやってくれたのが、リホ先輩だ。

監督の描く指導理念を、後輩たちに浸透するよう、いつも努力をしてくれた。

練習後の片付けも自身が率先してやってくれたり、後輩たちの心のケアにもあたったりなどして、閉塞状況の中、部全体の心を一つにまとめ上げてくれた。

そうして固く結ばれた団結の力が心のハーモニーとなって、今にして思えば、律花のサウンドの礎となっていったと思う。

去年のDMも、そして自分も、リホ先輩の薫陶を受け、DMとして部を育て上げてきたのだ。

そして―――去年も全国金、今年も全国金...

 

一度も華やかなパレードを率いることなしに卒業した'悲運のDM'、リホ先輩。

けれど、リホ先輩は、自分が遺した部の魂が、後輩たちに確実に受け継がれ、そして2年連続、大輪の花を咲かせたのを見届け―――そして、静かに去っていくのである。


引きずらない見事さ、潔さ―――。

きっと、苦難のなか、いや、苦難の時期だったからこそ、十分すぎるほど、人生を美しく、豊かに、そして力強く生きる術(すべ)を学んだのだろう。

 

ハナは、それを見てとると、始めて泣いた。

そして技術と律花吹部の魂の襷を延々とつないできてくれた、先輩たちへの感謝と、伝統の有難みを感じた。

  (うちらも金色の襷を繋いでいきます。先輩、ありがとう!!)

ハナは、心の中で叫んだ。

 

 

     ずーっと向こうの麗しき空に向かって

     彼女らは はっきりと伸びゆくのだ

     はつらつとした光を胸に宿しながら

     にほふがごとき麗しさで。

 

 

 

 

 

躍動する部員たち

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scene 1.  律花吹部に憧れ、成長していく主人公リノンの一代記

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scene 2.  律花吹部随一の多才な努力家の奮闘記

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scene 3.  美しき魂を残して..

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解体新書 ―― その魔法を探る

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その '魔法' の諸側面を探ります。

 

第一章 魅せるカラーガード

 

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第二章 感動の源を探る

 

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第三章 経営組織論?

 

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第四章 技術論

 

fujitopian.hatenablog.com

 

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第五章 羽ばたけ永遠に

 

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第六章 事実は小説を超えて

 

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歌心ある音作り

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律花学園には中学部がある。
その中学部の合唱部顧問の小谷先生が、所用で高校部に来た帰りしな、どこからか、かすかな歌声が風にのって流れてきた。

ふつう、高音域だけが突出して遠くからも聞こえてくるはずなのに、歌全体が、バランスよい美しいハーモニーとなって、こんなに遠くまで流れてくるのだ。しかも、うねるような、かすかな響きで。

――あら、高校部には合唱部がなかったはず..。

小谷先生は、その方向へ引き寄せられるように、校舎内を歩いて行った。
近づくにつれ、音程が正確で、各パートの声が十二分に響き、それでいて、バランスよく共鳴し合っているのがよくわかる。

――え? 高校部に、いつの間に、すごい合唱部ができていたのかしら?

小谷先生は、声の方向に急いだ。

1分の後には、小谷先生は、とある練習室の前に立っていた。

吹奏楽部」――プレートには、そう書かれてあった。

 
小谷先生が、ドアの小窓から、そっと中を窺う。

すると、なんということだろう、パイプ椅子にピッコロやフルートを置いた部員は頭の上に、そしてスーザ・ホンを横に置いた部員たちは首の辺りに、それぞれ手を当てながら、歌っているではないか。皆、微笑みながら、口を大きく開けて歌っている。軟口蓋が上がった状態なのが、わかる。
 
それで、平均律の基準となる音程を高くしたり、低くしたりして、音程のイメージ練習をしている。丁寧に。そして各自が、全体とのバランスにも気を配っているようである。
 
小窓から覗いていた小谷先生は

――これって...まんま、合唱部の指導やん..

と、興味をもった。
 

しばらくして、監督は団員になにやら指導をはじめた。

「…チューナーに頼るな。まず、心地よく聞こえる『自分の音程』を探すんや。その好みの音程感をまず持ったうえで、楽器の音のほうを、それに近づけるんや。」

小谷先生は、部員たちの音感とバランスをとる耳に、舌をまいた。

監督の指導は続く。

「…たとえば、夏、パレーディングしてると、気温の上昇にともなって、ピッチが高くなっていくのがわかるやろ?周りに合わせて高くしていかないと、音は濁ってしまうんや。合わせるべきは、チューナーの針やない。周りの音や。チューナーは、自宅練習用に家に置いとけ。」

――いいこと言わはるわあ。

小谷先生は、自然とうんうんと頷いていた。

「今、君らにやってもらっているのは、のどや声帯で音程をとる練習や。たとえば、音の上げ下げ。アンブシュアだけでコントロールしてはあかん。歌う時と同じく、のどや声帯も使って、音程をコントロールするんや。…ちゅうか、まず、声帯による音のコントロール、足りないぶんはアンブシュアを使う感じやな。」

――勉強になるわあ。

声楽科を出ている小谷先生は、なんか、数年前に自分が受けた指導風景と重ね合わせ、懐かしく思い出していた。

「…では、声帯を響かせる練習はどうしたらいいか。それが、今、みんなにやってもらっている共鳴する場所の確認や。…低音楽器は、首の下側や後ろ…」
 
監督は、首に手を当ててみせた。
 
生徒も、それに合わせて当ててみる。
 
「…そして、高音楽器は、頭頂部やさらに眉間…」
 
今度は、頭のてっぺんに手をあてた。
 
「…そして、中音域は、のどちんこ。」

ここで、団員たちが、どっと笑った。

「今ので、声帯、開いたでー。」

またまた、大笑い。

――この団結力と、監督と生徒との心の結びつきが、美しい音、さらに綺麗なハーモニーになっていくんやろな。さすが、関西代表や。

ドアの向こうで聞いていた小谷先生は、なにやら感銘したようす。
 
数秒の後、合唱部の指導にどう生かそうかなどと考えながら、小谷先生はそっと練習室から離れていった。

 
 
午後6時半。
 
小谷先生が中学部の合唱部の指導を終え退勤する途中、高校部のグラウンドの前にさしかかった。
 
見ると、向こうの方で、吹奏楽部が練習している。
 
手には楽器を持たず、どうやらマーチングのフォーメーションを確認しているようである。
 
はじめは、そう見えた。
 
しかし、それにしては「一と、二と、三と、四と…」というリズミカルな拍取りが聞こえてこない。
 
と、次の瞬間、どこからか、かすかなハーモニーが風にのって流れてきた。
 
団員たちは、しっかりと歌っていたのだ!
 
――あ、自分の心地よい音感と、周りとのバランスを、解放空間の中でとっているんや。
 
しばらくして、団員たちは、今度はめいめいの楽器を手に取りはじめた。
 
――チューナーは、使わせないんや...。さっきのウォーミングアップで声帯を開かせといて、それぞれに各自の音感に楽器の音色を近づけさせ、さらに周りとのハーモニーやバランス、響きを確認させているんやな..。
 
 
そう見てとると、小谷先生には、なにやら可笑しみの気持ちが湧いてきた。
 
 
――なんや、楽器の音出しも、合唱練習も、同じやん..。
 
 
そう思うと、小谷先生は、なにか吹部と一緒に幸せになれたような気がして、軽い足取りで駅へと向かった。

 

数か月後。

小谷先生は、律花高校吹奏楽部のマーチングのネット動画を目にしていた。

フォーメーションが超高速で、次々と変わっていく。

その精密さだけでも驚かされるというのに、美爆音は維持されたままなのだ。


小谷先生は、一瞬、別録音ではと疑った。
というのも、中学時代、フルートを吹いていた小谷先生には、パレードですらアンブシュアを維持するのがどれほど大変なのかが、分かっていたからだ。

それを、あんなに走り回って、オーケストラ並みのサウンドが確かに維持されているのだ!

しかも、楽器を振り回したり、飛び跳ねて空中ですら、音は変わらない。

唖然とした。化け物である。


しかし...やがて、高校部の吹奏楽部の指導を思い起こし、ようやく、得心した。


あれは、吹いているのではない。歌っているのだ――と。

たぶん...

喉や声帯、さらには鼻腔や頭蓋骨を響かせることによる音出しが80%、アンブシュアや循環呼吸法などによる音出しが残り20%程度のレベルになって、はじめて実現できる高度な技術ではないだろうか...。

それにしても...

それ以上に、'やらせられている感'がなく、嬉々として幸せいっぱいに、いとも簡単そうに安定感ある美しいサウンドで超絶演技し、見る者、聴く者を、幸せ空間に巻き込み、心を惹きつけてしまう...。

たぶん、心からの美しい叫びができるからこそ、心からの幸せな笑顔も、自然と沸き起こってくるのだろう。なんて尊いことなのだろう。

 

高校部吹部の'魂'をみてとった小谷先生は、モニターの前で、涙腺が緩んでくる歓びに、独り浸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

原点

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

ナミは、律花高校を卒業後、音楽の専門学校へ通い、プロ・デビューめざして必死にやってきた。
一日、一日が勝負の日々だった。
やがて、いくつもの壁が立ちはだかり、ひとつひとつに挑戦していった。
技術力、音楽性、エンターテイメント性、発信力、人脈...。何より、音楽性以前の体力・人間的魅力...。

また、チャンスのやってくる場に身を置く嗅覚をもつことも大事だった。

誰にもなんらかのチャンスはめぐってくる。
しかし、チャンスを十二分に生かし、さらにステップアップした次のチャンスへと結びつけていけるのは、「日ごろから練習しているから..」では通用しない。そんなこと、だれでもやっている。
日々、一歩ずつ進化し、どんどん変容していける練習のあり方が大事だった。

このレベルになると、最高の演奏技術を求める以前に、個性の魅力を生かした奏法なり技術、演出、発信のあり方などが問題になってきた。また、仲間も、自分の人間的魅力が増すにつれ、それ相応の魅力的な仲間にどんどん変わっていった..。


こうして、気付いたら、卒部後10年、経っていた。
進化、変容していくことで、業界で必死に生き残ってきた。

 

変容してしまった自分 ――― 。

―――ひょっとしたら、食うのに精いっぱい...ちゅうより、この10年間、ある意味、自分探しの時間だったかもしれへん。
いったい、もともとの自分のあり方は、どうだったんやろか...。


そう思ったナミは、まっすぐに、母校・律花高校吹奏楽部を思い出した。
そして後輩たちのマーチング動画を、初めて見た。
いままで、泣いてしまいそうで、怖くて見られなかったのだ。


そして、思った通り――― 泣いた。

自分たち時代と変わらぬ衣装。曲や振り付けなど、やや、変化している部分はあるが、大本はずーっと、引き継がれている。
画面が滲んで、懐かしいというより、昔のピュアな自分の姿を見ているようで、なんか痛々しさえ感じられる。


また、今まで意識していなかった自分の'姿勢'の原点のようなものにも気づかされた。
どんなに変容しようとも、決して変わることのなかった軸足の置きどころに改めて気づかされ、感動で、泣いた。

やがて―――

そんなピュアさが、卒部後10年経った今でも自分に残っとったんか―――と思い至り、今度は、可笑しみがこみ上げてきた。

―――なんや、いっこも変ってへんやんか。


モニター画面を見ながら、独り、泣き笑いしているナミがいた。

 

 

響け!永遠(とわ)に

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

「今日、何あったん?いつものツバサと違う…」
 
アンナは、心配そうにツバサの顔を覗き込んだ。
 
「ああ…、総合コースのやつが、うちの中高一貫クラスにいきなり乱入してきて、教壇で喚いてん。」
 
「なんて?」
 
「『おまえら、よう聞け! 俺、全国模試で東大A判定やで。お前ら、アホか! ―――以上!!』って。」
 
「…」
 
「そう言うて、パッと教室出ていきよった。」
 
アンナは口をぽかんと開けて聞いていたが、数秒後、腹を抱えて笑い出した。
 
「キャハハハ…。学校の回し者?」
 
「笑てる場合か。俺ら、ぶち切れや。一貫コースのプライド、ズタズタや。」
 
「ごめん、ごめん。やけど、部活動がない一貫コース生の生活にも、ドラマがあるんやな…って感心したんや。」
 
そういうと、アンナは愉快そうに笑った。
 
「そういうアンナは、部活、どうなん?」
 
「うちら、ドラマチックな日々やな。毎日毎日が新しい発見や。ほんで、自分独りやなくて、みんなと歩調合せて、一歩一歩仕上げていけるんが、大変やけど、ほんま、うれしくて…。」
 
「そうか…。やけど、吹奏楽部の練習は、週7日やろ。」
 
「うん…」
 
「いつ勉強するん。音楽で食っていくなら、話、別やけど…。そうやなくて普通の就職やったら、ある程度の大学入っとったほうが…」
 
「そうやろな…」
 
「何、他人事のように言うてんの?」
 
「一貫コースにはわからへんやろな…」
 
「?」
 
「うちら、今の楽しみだけをエンジョイしてるわけやないんよ。」
 
「言うてる意味、ようわからへんけど…。でも、この間のコンサートのソロ、アンナのユーフォニアムの音な、あれ聞いとったら、心に響くっちゅうか、清らかになるっちゅうか…。たぶん、アンナが100%正しいとしか思われへんくなってくる…」
 
「ありがとう。うち、そういうツバサ、好きや。」
 
 
 
 
数年後。三ノ宮駅前のファーストフード店で―――
 
 
ツバサは、とある大学の研究室にいる。
 
「…それで、校舎ん中を、ウリ坊が走り回ってさあ…」
 
「キャハハ…」
 
相変わらず、アンナの笑いは屈託ない。
 
アンナは、大学卒業後、今は働きながら、市の交響楽団の非常勤としても頑張っている。
 
ユーフォの音色も、高校時代のピュアなサウンドに加え、音の豊かさというか、丸みも出てきたようだ。
 
「研究室のほう、大丈夫?」
 
「うん、大学に残ろう思ってんねんけど…」
 
「どうしたん?」
 
「共著論文の共著者の扱いが…研究室の先輩が、譲れ、言うねん…」
 
「ひどい!」
 
「ほんまや…。あんだけ頑張ったのに…。この世界では、無償の努力をして、引き立てられて、道が開けるいうんが、まま、あるんやそうや。」
 
「信じられへん!ブラックやん。」
 
「…アンナは?」
 
「ウチんとこ、大企業やないけど、何人かでプロジェクトを任されて、張り合いと発見の日々やで。」
 
「ええなあ…」
 
「昔、吹部でやっとった、みんなで協力し合って、問題が出てきて、一つ一つみんなで工夫して解決して、全体を高めていく―――ていうのと、まったく同じやな…。」
 
「うんうん。」

「こないだ、クライアント先でのプレゼン、誉められたんやで。」

「どない?」

「自分で言うんも何やけど…堂々としとる、インパクトがあって要領を得ている、そんでいて、営業臭さより心地よさが残る..。」

「まるで、オケの舞台演奏やな..」

「あ、それから、聞きだし方が上手い言われたな。」

「周りの状況をうかがいながら、すべきことを察知するんも、吹部経験者ならではやろな。」
 
「…ま、お客さんは、聴衆からクライアントに変わったけど、喜ぶ顔を見るのがうれしいのは、同じやな…。そんで、懇意にしてくれはるお客さんもおるんやで。」

「ファンやな。」

「ほんま。それでお金を頂けるのは、有難いこっちゃ。」
 
「ええなあ…。上司は、アンナのこと、何ていうとる?」
 
「はじめ、『来てくれてほんま助かる』言うてくれたな。」
 
「はじめ?」
 
「うん。それが、今、何や思う?…ウチんこと、『ブルドーザー』やて。」
 
「わかる、わかる。」
 
「それ、いいすぎやない?」
 
「悪い、悪い…。でも、ええなあ。そうやって、みんなと一緒に高めあって切り拓いていく方向に、自然と周りを巻きこんでる…。今、ようやく、わかった。いつかアンナが『今の楽しみだけをエンジョイしとるわけやない』いうてたんを。」
 
「やけど、あん時、ツバサは、ウチが100%正しいとしか思えん、言うてくれた…。」
 
「ああ。これでも、魅力的な女を見る目はあるんや。」
 
「アホぬかせ!」
 
「ははは…」
 
 
 
 
翌年、ふたたび、三ノ宮駅前のファーストフード店で―――

助教、昇格、おめでとう。」

「ありがとう...」

「先輩が転出したんも、めぐりあわせや。これからは、下の者を可愛がってやってな。」
 
「うん…」
 
「そんなことより、そろそろ…」
 
「えっ?」
 
「この鈍感!」
 
アンナが、少し、はにかみ気味に、フライドポテトを1本投げつけようとする。

その仕草を、ツバサは口元にハンバーガーのカスを付けたまま、しばらくボーッと眺めたまま...。

そして数秒の後...ツバサは、ようやく目を白黒させはじめた。
 
「あっ…」

 


 

『キャー』

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

練習室の五線譜黒板の横には、大きな張り紙がある。
 
『今年こそ、全国へ!!』
 
角が折れ、いくぶん黄ばんだ紙は、もう、貼られてから何年経つのだろう...

4月―――。
 
これからマーコンにむけての会議が、練習室で始まるのだ。
 

      *
 
 
3年生の部長が話を切り出す。
 
「最初、うちから話さしてもらうで。意見があったら、どしどし言うてくれへん。」
 
そういうと、いくぶん、腫れぼったい目で、ひとりひとりの目を見まわした。
 
「みんな、中学時代の友達で、高校入ってから全国行った者もおるやろ。うちも、羨ましい思う。いったい、うちらと何が違うんやろ...。」
 
  「違わへん。」
 
「そやろ。中学時代、音も、マーチング技術も、負けてへんかった...ちゅうか、うちらの方が上やった。ほな、なぜ、うちら、全国が遠のいてしまったんやろ?」
 
  「……」
 
皆、目を伏せてしまった。
 
部長は、そんな団員たちの様子をぐるりと見まわしてから、
 
「うちらの期は、全国進出のために、いったん、すべて捨て去りたい思うんや。たとえ、'伝統'であっても...。」
 
団員たちは、一様に「エッ!」と、驚きの表情を浮かべた。

「コンテストで減点に結びつくことは全て捨て、加点に結び付くことは何でもやってみることや。」

3年部長は、腫れぼったい目をしながら、とつとつと語りだした。

「つまり...」

部長は、自分のこれから言おうとする言葉の重みを感じ、一瞬、言い淀んだが、意を決して、言葉を続けた。

「...全国大会進出のためには、...演技中のダンスは捨て、『キャー』も捨て、蜘蛛の子を散らすような動きも捨てるべきやないか...。それにユニフォームも、動きの統率感がより強調される、ラインの入ったジャージに変える...。」

部員たちは、一瞬、わが耳を疑った。
驚きと当惑とが、練習室を満たす。

部長は部長なりに、前夜、よほど迷ったに違いない。
目に腫れぼったさが残っている。
そして、今なお、迷っているからこそ、自分に言い聞かせるようにも、話しているのだろう...。
 
しばし、静寂―――。
皆、ショックで口を閉ざしたまま。
練習室は、静かなはずなのに、皆、部長の声が耳につき、各自の頭の中でリフレインしているかのようである。


しばらくしてから、ようやく、学生指揮者のカホが口を開いた。
 
  「たしかに、ダンスを捨てるんは、音の安定のためやと、頭では理解できる。ユニフォーム変更もそうやけど、そういった律花の魂や伝統を捨ててまで、全国行ったとしても、それは、価値があるやろか。もっと言えば、かりに、律花の伝統を捨てて『全国金』獲ったとしても、うちら何者になるんや? 所属は律花高校やけど、魂は律花やなかったら、そんなの、中身のないメッキや。部長は、『伝統』を、どない思っとるん..」

部長が答える。

「...ウチも、『伝統』は大事や思う。そやけど、これまで何期もの先輩たちが、その『伝統』に縛られて、全国行きを逃し、毎年毎年、涙を呑んできたやろ。そやさかい、うちらの期は、律花は伝統に縛られなければ全国進出の実力がある――と、示しておきたいんや。」

DMのリホ。

  「部長の言うとおり、演技中、『蜘蛛の子を散らす動き』と、『キャー』という奇声だけは、マーチングとして我慢ならない―――という考えのあることは知っておる...。悪印象が減点方向に働くこともあるやろ...。それは分かる。そやけど、みんな、考えてほしいんや。なんで、律花では、代々、いわば、自滅行為ともいえる、そないな伝統を受け継いできたんやろ...。単純に、伝統に縛られてきただけとは、ちゃう思う。代々受け継いできたんは、もっと深い意味、あるはずなんや、絶対に...。...うちが思うに...キャーは...勝敗を超えた、律花の魂や。一人一人が輝く、魂の叫びなんや...。」

 

      *
 


 ここで、それまで黙っていた監督が、はじめて口を開いた。

「みんなが真剣に考えとること、ようわかった。」

そしてDMのほうを見て、

「いいところに気づいてくれた。ここから、私に、話させてくれ。」
 
監督は、全員をぐるりと見回してから、
 
「軍隊式のマーチングバンドは、もともと、個を滅し、統率を第一としてきた。帽子を目深に被るのもそうや...。やけど、うちの部の創立者は、それを良しとはしなかった。女の子には似合わん、考えてな。」
 
皆、監督の話にじっと耳を傾けている。
 
「君らには、まず、個々の輝きがある。魂の叫びがある。それらが一体となってハーモニーに昇華するとき、演奏・演技の緊張と弛緩の中で、見る者のおっきな感動を呼ぶんや。マーチングの空間を、百花繚乱の生み出すおっきな幸福感で包み込むんや。こら律花伝統のポリシーやし、律花にしかできひんことや。」
 
皆、大きく頷く。
 
「マーチングの感動は、美爆音と統率のとれた動きだけが生み出すものやない。」
「敬愛の精神、心配りをもちつつ、瞬間、瞬間の互いの心の機微を察知し、常に互いのバランスを図りながら演奏・演技できる域にまで達して、はじめて、個々の魂は輝くんや。」
「そのうえで、みんなとの合奏が本当の歓びとなった場合に、個性がおのずと浮かび上がってくる、今期のサウンドにもなっていくんや。そして...」
 
監督は一拍入れたのち、
 
「『キャー』は、いわばその個性を芽吹かせる '気合' のようなもの、そして『蜘蛛の子散らし』は、意図的に統率を崩し、個々の魂の輝きの発露を予感させる'合図'のようなものなんや。蜘蛛の子を散らした動きの数秒後には、もう、次のフォーメーションがピタッと出来上がっておるやろ。そして、次の瞬間、全体が湧きたつような激しいダンスが爆発する―――この間の、弛緩と緊張、そして解放・爆発が、個々の輝きをいっそう活かし、惹きつける要素の一つともなっておるんや。」
 
「私は、そういった考えのもと、『キャー』と『蜘蛛の子散らし』は、前任者からずっと引き継いで来たし、これからも、ずっと続けていくつもりや。ただし...」
 
監督は、団員ひとりひとりの表情を見ながら
 
「ただし、前提がある。統率の美しさだけで終わらせたらあかん。律花らしい'個々の輝きのペーソス'を加えて、花開かせ、昇華させ、完結させるんや。」

団員たちは大きく頷く。
 
そこまで言うと、監督はニッと笑い、そして今度はいくぶん柔らかい口調で
 
「すでにハーモニックな律花のサウンドはできている...。あとは、心を掴む'出だし'の工夫、うちの高いマーチング技術を分かりやすい形で審査で見てもらうこと、それから美しさだけでなく力強さや凛々しさ、それでいてかわいらしさなどなど、全体として様々な美をまとめあげたうえで、最後、個々の輝きの発露で、強烈なインパクトを与え、サウンドを含めて全てを美のハーモニーとして昇華させ、完結させるんや...。」
 
「それが律花の伝統的マーチングのあり方であり、その魂を最大限活かすのが、伝統のユニフォームなんやな...。」
 
「心配せんでいい。すでに、君らは、全国進出レベルに到達している...。あとは、精度を上げていくことと、自分を信じ、皆を信じ、部を信じること...そう、夢を掴む気概や!」
 
「はいっ。」
 
上気した団員たちの顔・顔・顔...。
皆、表情が輝きだした。
 
  
「部長。」
 
  「はい...。亅
 
「君には、負担かけてしまって、すまない。君の、とことん思いつめた気持ちがあったからこそ、皆に私の真意を伝えることができたし、君の真心が、部の心を一つにさせてくれたんや。感謝する。ありがとう。」
 
そういうと、監督は部長に頭を下げた。
 
上気した、腫れぼったい部長の目に、ダイヤモンドのしずくが光った。
 
しずくには、遠くの夕陽が輝き、視界の向こうには、ゴールドの世界が広がった。

 

 

 


 

オープニング・セレモニー

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

話は、唐突にやってきた。


「本日は、お忙しいところを、どうも。...じつは、律花さんに、京阪神万博のオープニング・セレモニーに、ぜひ、ご参加いただきたいのです。」

―――監督は、目を剥いた。

「えっ、うちが...ですか?」

「そうなんです。」

「万博-言うたら、近未来技術のディスプレイやないですか。うちと、どう、関係が..?」

「ごもっともです。ご存知のように日本の工業発展の源は、日本人の職人魂です。それと、技術とが融合することで、世界に誇る、オリジナリティ溢れる技術革新を行ってまいりました。たとえ、どんなに技術が発達しようとも、うわべのデザインの美しさや珍しさだけでは、将来に向けての技術革新の礎とはなりません。その根底には、やはり、夢や希望、生きる瑞々しさといった、'命の輝き'が感じられることが、必要なのです。」

「お話は、わかりますが、...それと、うちとの関係は..?」

―――準備委員会の担当者は、ソファーに浅く掛けなおし、やや、身を乗り出して

「はい。御校の吹奏楽部さんは、他の追随を許さない、世界に誇る、マーチングの技術革新を成し遂げられました。ネット動画再生回数も10数億回を超え、世界中にファンがおられます。これは、人種・民族・性別・宗教を超え、万人に、夢や感動を与える『普遍的価値』を持っておられる証拠です。さらに、未来を担う若者による、若さ溢れる瑞々しい至福のオーラで、会場全体を包み込んでしまう...そんなことができるのは、世界中で、御校だけです。未来に向けての夢や希望に満ちた、命輝く技術革新の心を端的に示すのに、これほど適した団体は、他にはございません。ぜひ、お願いしたいのです。」

「...御趣旨、承りました。大変、有難いのですが...一つ、質問させていただいても宜しいですか?」

「はい。」

「今回、オープニングのさいに、国歌を歌うのはどなたに?」

―――担当者は、大きく頷き

「はい、そうなんです。正直申し上げて、多方面からのオファーがございました。大手広告代理店や大手芸能プロダクション、さらには、本当は申し上げるのはマズイのですが、政治家の方とか...。しかし、うちの総合プロデューサーは、頑として撥ね退けました。」

「ほう...。」

「うちの総合プロデューサーは、これまで聴いた国歌斉唱で最も感動を受けた、野村綾さんにしたのです。」

「ああ...甲子園で歌った..」

「はい、そうです。」

―――監督は、大きく頷き、そして微笑みを浮かべながら上体を起こした。

「それを伺って、安心しました。正直申し上げて、利権渦巻くなかで『大人の都合』を排除し、あくまで純粋な'いのちの輝き'の観点から理念を通そうとされる、準備委員会さんのお姿に感服致しました。そのお考えの延長上に、本学への出演依頼も頂いたと考えると、ほんま有難く、光栄に思います。お受けさせていただきます。」

―――監督は頭を下げた。


こうして、律花高校吹奏楽部は、京阪神万博のセレモニーに出ることになった。


      *


「一と、二と、三と、四と...」

暗くなった校庭に、パレーディング練習の掛け声が響く。

もう、1か月以上も、夜8時までの猛練習が続いている。
OGたちの練習への合流は、仕事が終わってからなので、むしろ6時過ぎからが本番なのだ。

(今年は、マーコン全国進出、諦めなあ、ならんな...)

リホは、思った。でも、すぐに思い直した。

(せやけど、万博のセレモニーに出られるんは、何十年に一度のチャンスや。マーコンは毎年あるし、高1,高2と全国行けたし、それでええやん...)

自分自身に言い聞かせてもみる。

「五と、二と、三と、四と...」

(律花吹部の伝統のため、頑張らなあかんな。)

「六と、二と、三と、四と...」

(何年も、語り草になるやろな...)

「八と、二と、三と、四と...」」


薄暗い校庭に、青春の命は、ますますその輝きを増す。


      *


京阪神万博。オープニング・セレモニー。


野村綾の国歌斉唱は、あえて歌唱法のテクニックは抑え、ともかくピュアに歌うことを心がけたようであった。

直球だけの勝負―――それでいて、歌いだしの部分で、もう、聴衆の心をガッチリと掴み、感動のあまり、涙を流す者も多くいた。

やがて...斉唱が終わる。

静寂―――。

その余韻が、聴衆の心へ、いかに深く染み入ったのかを表している。

そして、数秒の後、はじめは小(さざ)波のような、やがてはっきりと地の底から湧き上がるような拍手が起こり、声援とともに、場内に轟き渡った。

まさしく、命の歌とも呼べるものであった。

 

つづいて...

興奮冷めやらぬ中で、ファンファーレが鳴り響く。

律花高校の登場だ。


3代にわたるDMを先頭に、ペナント、トロンボーン隊、ホルン隊、パーカス隊、トランペット隊、クラリネット隊、フルート隊、そしてカラーガード隊だ。現役・OG・OB、併せて300人の大パレードだ。それらが、一糸乱れぬダンスをしながら、演奏して入ってくるのだ。いとも簡単に、そして、幸せいっぱいの笑顔で。

観客は、楽しそうな笑顔に引き込まれ、それが、いかに凄いことか、最初は分からないふうであった。

しかし、楽しく手拍子をおくるうちに、ようやく、ジャンプやダンスしながらの演奏に乱れがないことに気づく。それでいて、オーケストラ並みのサウンドである。驚嘆の声が、そこここで上がり始めた。

実況中継していた海外メディアは、「信じられない」とか、「これぞ、日本のハイテク」だとか..。なかには「一人ひとりにICチップがついているんじゃないか」など...と評するメディアも。

 

パレードが、センター・ステージにさしかかった。


DMの笛で、トランペット隊のファンファーレが鳴り響き、パレードしながらの '万華鏡フォーメーション' が始まった。

同心円状の散開、妖精たちの戯れのごとき、いくつもの回転、多重四角形のぐるぐる...、そして、その緩急の間を、フラッグをもったカラーガード隊が、疾風のごとく縦横に駆け回るのだ―――しかも、一人一人の部員たちは、演奏しつつ踊りながら、さらに全体として統率のとれた流れるようなフォーメーションも展開されながら、同時にパレードは進んでいくのだ!

観客は、一瞬、静まり返る。

そして、つぎの瞬間、これまで見たこともない高次元のパフォーマンスに、会場は興奮の坩堝と化した。
会場全体からの歓声が、ゴーという地鳴りとなって、アリーナ全体に響いた。
律花の至福のオーラが、会場全体を包み込んだ瞬間だ。


海外メディアは伝えた。

「これが、次の時代を担う、日本の若者たちです。普通の若者たちです。なんという、美しさ、高度な技術、そして幸せそうな笑顔なのでしょう。彼らの技術革新には、万人を惹きつける心があります。恐るべし、日本!そして、敬すべき日本の若者たちです!彼らに、技術大国日本の未来の姿を見させてもらいました!! …うーん、なんという国なんだ..」


驚嘆と賞賛、そして歓喜の嵐は、いつまでもいつまでも続いた。

 

 

 

バーンズ・交響曲第3番

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

当初、ハーモニックなサウンドが持ち味の律花高校が、「バーンズの交響曲第3番」を演奏するというのが、どうも結びつかなかった。

この曲には、全パートの音が聞こえつつ、さらに、音が玉となってボンボン迫ってくる場面や、静かな中でのメリハリに感情を載せる場面、また、卓越したしっとりと聞かせられるソロの腕前も必要なのだ..。

 

演奏が始まった。

意外と、音に奥行きがある。
そうか、今回の演奏ホールは、音響効果に優れ、重厚な音が出せるのか..。
しかし、それを差し引いても、単なるハーモニックなサウンドとは違った。

 

劇的なティンパニによる動機と哀愁のこもるテューバ・ソロがひびく。魂を載せている。

ホルン・ソロも素晴らしく、丸い音なのにホール全体に響く…。そして切なくなるビブラート。こんな生徒が、律花にいたのか!

シンバルも良い。
音量、音色、響かせ方全てが良く、バーンズの心に、聴衆を重畳的に引き込んでいくのだ。

トロンボーンは、深みがあって豊かであるだけでなく、また、繊細な音でも、柔らかく、かつ、芯がある。

パートごとのテクニックが、飛躍的に向上しているではないか!

 

それだけではない。

情景描写も、よく理解したうえで演奏されている。

たとえば第4楽章で、ピッコロとチューバが父と娘との掛け合いの様子を表現している一方で、その背後では、サックスによる教会のミサが厳かに流れている―――その情景描写が、瞼に浮かぶがごとく、見事に表現されているのだ。
作曲者の魂が、どのように五線譜に落とし込まれているのかを、各員、よく、掴んでいる。

 

第4楽章は、予想通り、やや、畳みかけるような指揮であった。

若さが前面に出てしまうと重厚さが失われてしまうのでは、と心配していたが、ハンドオフは継ぎ目がなく滑らかで、会場の音響効果とあいまって、監督の名指揮によるバーンズ節には泣かされた。
バーンズの魂が、演奏に落とし込まれているのだ。
ああ、これが、律花の、'今年度の音'の到達点だったのだ!

 

客席に目を遣れば、律花高校に合格したばかりの中学生たちも来ている。
後輩たちも、この音を覚えていて、来年度以降の財産となっていくのだろう。

数年ぶりに全国金賞に輝いた律花高校にとって、絶望のもっとも深い暗闇から充実と喜びの輝き、そして救済へと、まさしく、その近来の歴史を飾るにふさわしい名演であった。

 

 

 

思いは永遠に

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

創部者は、生徒一人ひとりの"華(はな)"を活かす仕掛けを、部の精神に組み込んでおいた。

そして、その思いを、監督に託した。

 

生徒の純粋無垢な姿勢は、はじめ、'反発' となって現れた。

華を活かす――には、生徒が '独立自営業者化' しやすい陥穽もあった。

しかし、聡明な監督は、やがて、それは監督自身の心の表れであることに気づく。

そして、管理・指導ありきではなく、信頼関係の構築に、まず心を砕いた。

 

いっぽう、部は、そのあまりの独自性のゆえ、コンテストで全国進出できずにいた。

閉塞の日々が続いた。


全国大会へ進出できなかった先輩たち―――。

後に何を残せるかを考えた時、彼女らは、中学時代に全国大会へ出場した経験のある後輩数名を、次期幹部に推した、

大変革の '起爆装置' として―――。

 

次の期。

新幹部たちは、勝つにはどうしたらよいかを真剣に考え、伝統を尊重しつつ、いくつもの新機軸を大胆に打ち出した。

自律的な大胆な改善の流れへと、部を自然と導いたのだ。

それができたのも、前の期の先輩たちが、あらかじめ、後輩たちが雄飛しやすい下地を、気づかぬところで作りあげておいてくれたからなのだろう。

 

そして監督は―――

生徒の打ち出した新機軸を尊重した。

たとえ、自らの指導方針の修正を伴うものだったとしても、躊躇なく受け容れた。


それは生徒たちが自律的に考え、行動できる素地が醸成されていたからであり、

また監督-生徒関係を超えた、人間対人間の尊重し合あえる関係が構築されていたからだ。

振り返れば、当初の'反発'は、その構築に必要不可欠な'通過儀礼'だったかに思われる。


その美しい関係が構築できたのは、監督から生徒への薫陶もあったろう。

しかし、なによりその'気づき'の多くを与えてくれたのは、純粋無垢なガラスのように透き通った心で '変革の礎(いしずえ)' となっていった、数期に亙(わた)る数多(あまた)の生徒たちだった。

ある意味、監督は、生徒を信じ、生徒の理念を活かせる存在になるべく、また生徒との適度な'間合い'のとりようでさえも、生徒によって、教えられ育て上げられていったのだ。

 

かくして、全てが一体化したとき、まばゆいばかりのパワーが生み出され、

ついに、空高く舞い上がった。

全国金賞―――。


気付いたとき、監督は、本番前の円陣に、生徒たちによって迎え入れられていた。

生徒とともに'華'を育て、その'華'と同化でき、全国トップレベルにまで到達できる監督は、まず、少ない。
それを見抜き、全幅の信頼をもって後事を託したのは、創部者の慧眼あってのことであろう。

創部者は、また、自らの理念は、頂上を目指して少しずつ結実していくものだとも述べていた。

まさしく、その予言通り、壮大なドラマが展開され、そして大輪の華を咲かせたのだ。

真の結実―――。

 


創部者の思いは、今後とも、この類まれなる監督の下で、さまざな美しい形となって、いつまでも香(かぐわ)しき香りを放ち続けるに違いない。

 

 

 

引継状

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

ソウタは、吹部でも貴重な男子部員だ。
3年生の女子部員たちの意見で、後輩たちに「引継状」の贈呈式をすることとなった。
来年度も、全国金の伝統を引き継いでいってほしいという一途な想いからだった。
でも、ソウタは、女子部員の手前、表情には出さないでいたが、贈呈式をすることに、なにか違和感を感じていた。


練習室で贈呈式がはじまる。

式の最中、ソウタは、こんなことを考えていた。

――自分たちが先輩からもろた以上のものを、自分たちは後輩に与えることができたんやろか?
先輩も自分たちも、もともと持っている資質に大差ないんやったら、金賞獲れたんは、監督やコーチの指導のおかげとちゃうやろうか...

 

 

「来年も、全国金賞とってください。」

3年部長の声に、2年の次期部長は、「引継状」を恭しく受け取る。周りからは、パチパチと拍手もおこる。


でも、なんか不自然や。
後輩から自分たちへの'思いやり'のように思えてきた。
後輩へ'檄'を出したつもりが、これやとかえって、労(いた)わられてるんやないか?

ソウタは、目立たぬよう、独り、渋い表情をしていた。

―――どないしたら、ええやろ?

 

そのとき、3年の部長が、2年の次期部長を前にして口を開いた。

「いっこ、お願いがあるんや。来年も全国で金賞獲れたら、その引継状を華々しく破り捨ててほしいんよ。」

次期部長は、ぎょっとして、目が点、口はポカンと開いたまま。

「…うちらの'足跡(あしあと)'やったら、賞状とトロフィーだけで十分や。律花吹部には、まだ、うちらの代では果たせへんた、吹コン、マーコンともに全国金って夢があるやろ?
ほんで、それに向かって、今度はみんなが、また新しい'引継状'を出していくんや。また、破られるようにな...。
それが、先輩を代々超えていくことになると思う。

...ほやけど、そないなもん大事に練習室に貼っといたら、身動きできへんようになってまう。
常に、破り捨てたる~て見といた方が、はるかに元気出るやんか。」

そういうと、3年の部長は、ニッと笑った。

一瞬の後、練習室に、大きな拍手が沸き起こった。


ソウタは、ほっとした。

―――なんや、分かっとったんやな。これでまた、いい伝統が続きそうや...。

ソウタは、意識のむこうに、卒部後の次の展開の香しい光を感じとっていた。