律花高校吹奏楽部・短編小説集

これは青春のすべてを吹奏楽に捧げる者への賛歌である。

『キャー』

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

練習室の五線譜黒板の横には、大きな張り紙がある。
 
『今年こそ、全国へ!!』
 
角が折れ、いくぶん黄ばんだ紙は、もう、貼られてから何年経つのだろう...

4月―――。
 
これからマーコンにむけての会議が、練習室で始まるのだ。
 

      *
 
 
3年生の部長が話を切り出す。
 
「最初、うちから話さしてもらうで。意見があったら、どしどし言うてくれへん。」
 
そういうと、いくぶん、腫れぼったい目で、ひとりひとりの目を見まわした。
 
「みんな、中学時代の友達で、高校入ってから全国行った者もおるやろ。うちも、羨ましい思う。いったい、うちらと何が違うんやろ...。」
 
  「違わへん。」
 
「そやろ。中学時代、音も、マーチング技術も、負けてへんかった...ちゅうか、うちらの方が上やった。ほな、なぜ、うちら、全国が遠のいてしまったんやろ?」
 
  「……」
 
皆、目を伏せてしまった。
 
部長は、そんな団員たちの様子をぐるりと見まわしてから、
 
「うちらの期は、全国進出のために、いったん、すべて捨て去りたい思うんや。たとえ、'伝統'であっても...。」
 
団員たちは、一様に「エッ!」と、驚きの表情を浮かべた。

「コンテストで減点に結びつくことは全て捨て、加点に結び付くことは何でもやってみることや。」

3年部長は、腫れぼったい目をしながら、とつとつと語りだした。

「つまり...」

部長は、自分のこれから言おうとする言葉の重みを感じ、一瞬、言い淀んだが、意を決して、言葉を続けた。

「...全国大会進出のためには、...演技中のダンスは捨て、『キャー』も捨て、蜘蛛の子を散らすような動きも捨てるべきやないか...。それにユニフォームも、動きの統率感がより強調される、ラインの入ったジャージに変える...。」

部員たちは、一瞬、わが耳を疑った。
驚きと当惑とが、練習室を満たす。

部長は部長なりに、前夜、よほど迷ったに違いない。
目に腫れぼったさが残っている。
そして、今なお、迷っているからこそ、自分に言い聞かせるようにも、話しているのだろう...。
 
しばし、静寂―――。
皆、ショックで口を閉ざしたまま。
練習室は、静かなはずなのに、皆、部長の声が耳につき、各自の頭の中でリフレインしているかのようである。


しばらくしてから、ようやく、学生指揮者のカホが口を開いた。
 
  「たしかに、ダンスを捨てるんは、音の安定のためやと、頭では理解できる。ユニフォーム変更もそうやけど、そういった律花の魂や伝統を捨ててまで、全国行ったとしても、それは、価値があるやろか。もっと言えば、かりに、律花の伝統を捨てて『全国金』獲ったとしても、うちら何者になるんや? 所属は律花高校やけど、魂は律花やなかったら、そんなの、中身のないメッキや。部長は、『伝統』を、どない思っとるん..」

部長が答える。

「...ウチも、『伝統』は大事や思う。そやけど、これまで何期もの先輩たちが、その『伝統』に縛られて、全国行きを逃し、毎年毎年、涙を呑んできたやろ。そやさかい、うちらの期は、律花は伝統に縛られなければ全国進出の実力がある――と、示しておきたいんや。」

DMのリホ。

  「部長の言うとおり、演技中、『蜘蛛の子を散らす動き』と、『キャー』という奇声だけは、マーチングとして我慢ならない―――という考えのあることは知っておる...。悪印象が減点方向に働くこともあるやろ...。それは分かる。そやけど、みんな、考えてほしいんや。なんで、律花では、代々、いわば、自滅行為ともいえる、そないな伝統を受け継いできたんやろ...。単純に、伝統に縛られてきただけとは、ちゃう思う。代々受け継いできたんは、もっと深い意味、あるはずなんや、絶対に。」

  「うちが思うに...キャーは...勝敗を超えた、律花の魂や。一人一人が輝く、魂の叫びなんや...。」

 

      *
 


 ここで、それまで黙っていた監督が、はじめて口を開いた。

「みんなが真剣に考えとること、ようわかった。」

そしてDMのほうを見て、

「いいところに気づいてくれた。ここから、私に、話させてくれ。」
 
監督は、全員をぐるりと見回してから、
 
「軍隊式のマーチングバンドは、もともと、個を滅し、統率を第一としてきた。帽子を目深に被るのもそうや...。やけど、うちの部の創立者は、それを良しとはしなかった。女の子には似合わん、考えてな。」
 
皆、監督の話にじっと耳を傾けている。
 
「君らには、まず、個々の輝きがある。魂の叫びがある。それらが一体となってハーモニーに昇華するとき、演奏・演技の緊張と弛緩の中で、見る者のおっきな感動を呼ぶんや。マーチングの空間を、百花繚乱の生み出すおっきな幸福感で包み込むんや。こら律花伝統のポリシーやし、律花にしかできひんことや。」
 
皆、大きく頷く。
 
「マーチングの感動は、美爆音と統率のとれた動きだけが生み出すものやない。」
「敬愛の精神、心配りをもちつつ、瞬間、瞬間の互いの心の機微を察知し、常に互いのバランスを図りながら演奏・演技できる域にまで達して、はじめて、個々の魂は輝くんや。」
「そのうえで、みんなとの合奏が本当の歓びとなった場合に、個性がおのずと浮かび上がってくる、今期のサウンドにもなっていくんや。そして...」
 
監督は一拍入れたのち、
 
「『キャー』は、いわばその個性を芽吹かせる '気合' のようなもの、そして『蜘蛛の子散らし』は、意図的に統率を崩し、個々の魂の輝きの発露を予感させる'合図'のようなものなんや。蜘蛛の子を散らした動きの数秒後には、もう、次のフォーメーションがピタッと出来上がっておるやろ―――この間の、弛緩と緊張が、個々の輝きをいっそう活かし、惹きつける要素の一つともなっておるんや。」
 
「私は、そういった考えのもと、『キャー』と『蜘蛛の子散らし』は、前任者からずっと引き継いで来たし、これからも、ずっと続けていくつもりや。ただし...」
 
監督は、団員ひとりひとりの表情を見ながら
 
「ただし、前提がある。美しさだけで終わらせたらあかん。律花らしい'個々の輝きのペーソス'を加えて、花開かせ、昇華させ、完結させるんや。」

団員たちは大きく頷く。
 
そこまで言うと、監督はニッと笑い、そして今度はいくぶん柔らかい口調で
 
「すでにハーモニックな律花の音はできておる...。あとは、心を掴む'出だし'の工夫、うちの高いマーチング技術を分かりやすい形で審査で見てもらうこと、それから美しさだけでなく力強さや凛々しさ、それでいてかわいらしさなどなど、全体として様々な美をまとめあげたうえで、最後、個々の輝きの発露で、強烈なインパクトを与え、サウンドを含めて全てを美のハーモニーとして昇華させ、完結させるんや...。」
 
「それが律花の伝統的マーチングのあり方であり、その魂を最大限活かすのが、伝統のユニフォームなんやな...。」
 
「心配せんでええ。すでに、君らは、全国進出レベルに到達しておる...。あとは、精度を上げていくことと、自分を信じ、皆を信じ、部を信じることや。そう、夢を掴む気概や!」
 
「はいっ。」
 
上気した団員たちの顔・顔・顔...。
皆、表情が輝きだした。
 
  
「部長。」
 
  「はい...。亅
 
「君には、負担かけてしまって、すまない。君の、とことん思いつめた気持ちがあったからこそ、皆に私の真意を伝えることができたし、君の真心が、部の心を一つにさせてくれたんや。感謝する。ありがとう。」
 
そういうと、監督は部長に頭を下げた。
 
上気した、腫れぼったい部長の目に、ダイヤモンドのしずくが光った。
 
しずくには、遠くの夕陽が輝き、視界の向こうには、ゴールドの世界が広がった。

 

 

 


 

オープニング・セレモニー

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

話は、唐突にやってきた。


「本日は、お忙しいところを、どうも。...じつは、律花さんに、京阪神万博のオープニング・セレモニーに、ぜひ、ご参加いただきたいのです。」

―――監督は、目を剥いた。

「えっ、うちが...ですか?」

「そうなんです。」

「万博-言うたら、近未来技術のディスプレイやないですか。うちと、どう、関係が..?」

「ごもっともです。ご存知のように日本の工業発展の源は、日本人の職人魂です。それと、技術とが融合することで、世界に誇る、オリジナリティ溢れる技術革新を行ってまいりました。たとえ、どんなに技術が発達しようとも、うわべのデザインの美しさや珍しさだけでは、将来に向けての技術革新の礎とはなりません。その根底には、やはり、夢や希望、生きる瑞々しさといった、'命の輝き'が感じられることが、必要なのです。」

「お話は、わかりますが、...それと、うちとの関係は..?」

―――準備委員会の担当者は、ソファーに浅く掛けなおし、やや、身を乗り出して

「はい。御校の吹奏楽部さんは、他の追随を許さない、世界に誇る、マーチングの技術革新を成し遂げられました。ネット動画再生回数も10数億回を超え、世界中にファンがおられます。これは、人種・民族・性別・宗教を超え、万人に、夢や感動を与える『普遍的価値』を持っておられる証拠です。さらに、未来を担う若者による、若さ溢れる瑞々しい至福のオーラで、会場全体を包み込んでしまう...そんなことができるのは、世界中で、御校だけです。未来に向けての夢や希望に満ちた、命輝く技術革新の心を端的に示すのに、これほど適した団体は、他にはございません。ぜひ、お願いしたいのです。」

「...御趣旨、承りました。大変、有難いのですが...一つ、質問させていただいても宜しいですか?」

「はい。」

「今回、オープニングのさいに、国歌を歌うのはどなたに?」

―――担当者は、大きく頷き

「はい、そうなんです。正直申し上げて、多方面からのオファーがございました。大手広告代理店や大手芸能プロダクション、さらには、本当は申し上げるのはマズイのですが、政治家の方とか...。しかし、うちの総合プロデューサーは、頑として撥ね退けました。」

「ほう...。」

「うちの総合プロデューサーは、これまで聴いた国歌斉唱で最も感動を受けた、野村綾さんにしたのです。」

「ああ...甲子園で歌った..」

「はい、そうです。」

―――監督は、大きく頷き、そして微笑みを浮かべながら上体を起こした。

「それを伺って、安心しました。正直申し上げて、利権渦巻くなかで『大人の都合』を排除し、あくまで純粋な'いのちの輝き'の観点から理念を通そうとされる、準備委員会さんのお姿に感服致しました。そのお考えの延長上に、本学への出演依頼も頂いたと考えると、ほんま有難く、光栄に思います。お受けさせていただきます。」

―――監督は頭を下げた。


こうして、律花高校吹奏楽部は、京阪神万博のセレモニーに出ることになった。


      *


「一と、二と、三と、四と...」

暗くなった校庭に、パレーディング練習の掛け声が響く。

もう、1か月以上も、夜8時までの猛練習が続いている。
OGたちの練習への合流は、仕事が終わってからなので、むしろ6時過ぎからが本番なのだ。

(今年は、マーコン全国進出、諦めなあ、ならんな...)

リホは、思った。でも、すぐに思い直した。

(せやけど、万博のセレモニーに出られるんは、何十年に一度のチャンスや。マーコンは毎年あるし、高1,高2と全国行けたし、それでええやん...)

自分自身に言い聞かせてもみる。

「五と、二と、三と、四と...」

(律花吹部の伝統のため、頑張らなあかんな。)

「六と、二と、三と、四と...」

(何年も、語り草になるやろな...)

「八と、二と、三と、四と...」」


薄暗い校庭に、青春の命は、ますますその輝きを増す。


      *


京阪神万博。オープニング・セレモニー。


野村綾の国歌斉唱は、あえて歌唱法のテクニックは抑え、ともかくピュアに歌うことを心がけたようであった。

直球だけの勝負―――それでいて、歌いだしの部分で、もう、聴衆の心をガッチリと掴み、感動のあまり、涙を流す者も多くいた。

やがて...斉唱が終わる。

静寂―――。

その余韻が、聴衆の心へ、いかに深く染み入ったのかを表している。

そして、数秒の後、地の底から湧き上がるような拍手が起こり、声援とともに、やがて場内に轟き渡った。

まさしく、命の歌とも呼べるものであった。

 

つづいて...

興奮冷めやらぬ中で、ファンファーレが鳴り響く。

律花高校の登場だ。


3代にわたるDMを先頭に、ペナント、トロンボーン隊、ホルン隊、パーカス隊、トランペット隊、クラリネット隊、フルート隊、そしてカラーガード隊だ。現役・OG・OB、併せて300人の大パレードだ。それらが、一糸乱れぬダンスをしながら、演奏して入ってくるのだ。いとも簡単に、そして、幸せいっぱいの笑顔で。

観客は、楽しそうな笑顔に引き込まれ、それが、いかに凄いことか、最初は分からないふうであった。

しかし、楽しく手拍子をおくるうちに、ようやく、ジャンプやダンスしながらの演奏に乱れがないことに気づく。それでいて、オーケストラ並みのサウンドである。驚嘆の声が、そこここで上がり始めた。

実況中継していた海外メディアは、「信じられない」とか、「これぞ、日本のハイテク」だとか..。なかには「一人ひとりにICチップがついているんじゃないか」など...と評するメディアも。

 

パレードが、センター・ステージにさしかかった。


DMの笛で、トランペット隊のファンファーレが鳴り響き、パレードしながらの '万華鏡フォーメーション' が始まった。

同心円状の散開、妖精たちの戯れのごとき、いくつもの回転、多重四角形のぐるぐる...、そして、その緩急の間を、フラッグをもったカラーガード隊が、疾風のごとく縦横に駆け回るのだ―――しかも、一人一人の部員たちは、演奏しつつ踊りながら、さらに全体として統率のとれた流れるようなフォーメーションも展開されながら、同時にパレードは進んでいくのだ!

観客は、一瞬、静まり返る。

そして、つぎの瞬間、これまで見たこともない高次元のパフォーマンスに、会場は興奮の坩堝と化した。
会場全体からの歓声が、ゴーという地鳴りとなって、アリーナ全体に響いた。
律花の至福のオーラが、会場全体を包み込んだ瞬間だ。


海外メディアは伝えた。

「これが、次の時代を担う、日本の若者たちです。普通の若者たちです。なんという、美しさ、高度な技術、そして幸せそうな笑顔なのでしょう。彼らの技術革新には、万人を惹きつける心があります。恐るべし、日本!そして、敬すべき日本の若者たちです!彼らに、技術大国日本の未来の姿を見させてもらいました!! …うーん、なんという国なんだ..」


驚嘆と賞賛、そして歓喜の嵐は、いつまでもいつまでも続いた。

 

 

 

バーンズ・交響曲第3番

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

当初、ハーモニックなサウンドが持ち味の律花高校が、「バーンズの交響曲第3番」を演奏するというのが、どうも結びつかなかった。

この曲には、全パートの音が聞こえつつ、さらに、音が玉となってボンボン迫ってくる場面や、静かな中でのメリハリに感情を載せる場面、また、卓越したしっとりと聞かせられるソロの腕前も必要なのだ..。

 

演奏が始まった。

意外と、音に奥行きがある。
そうか、今回の演奏ホールは、音響効果に優れ、重厚な音が出せるのか..。
しかし、それを差し引いても、単なるハーモニックなサウンドとは違った。

 

劇的なティンパニによる動機と哀愁のこもるテューバ・ソロがひびく。魂を載せている。

ホルン・ソロも素晴らしく、丸い音なのにホール全体に響く…。そして切なくなるビブラート。こんな生徒が、律花にいたのか!

シンバルも良い。
音量、音色、響かせ方全てが良く、バーンズの心に、聴衆を重畳的に引き込んでいくのだ。

トロンボーンは、深みがあって豊かであるだけでなく、また、繊細な音でも、柔らかく、かつ、芯がある。

パートごとのテクニックが、飛躍的に向上しているではないか!

 

それだけではない。

情景描写も、よく理解したうえで演奏されている。

たとえば第4楽章で、ピッコロとチューバが父と娘との掛け合いの様子を表現している一方で、その背後では、サックスによる教会のミサが厳かに流れている―――その情景描写が、瞼に浮かぶがごとく、見事に表現されているのだ。
作曲者の魂が、どのように五線譜に落とし込まれているのかを、各員、よく、掴んでいる。

 

第4楽章は、予想通り、やや、畳みかけるような指揮であった。

若さが前面に出てしまうと重厚さが失われてしまうのでは、と心配していたが、ハンドオフは継ぎ目がなく滑らかで、会場の音響効果とあいまって、監督の名指揮によるバーンズ節には泣かされた。
バーンズの魂が、演奏に落とし込まれているのだ。
これが、律花の、'今年度の音'の到達点だったのだ!

 

客席に目を遣れば、律花高校に合格したばかりの中学生たちも来ている。
後輩たちも、この音を覚えていて、来年度以降の財産となっていくのだろう。

数年ぶりに全国金賞に輝いた律花高校にとって、絶望のもっとも深い暗闇から充実感と喜びの輝き、そして救済へと、まさしく、その近来の歴史を飾るにふさわしい名演であった。

 

 

 

思いは永遠に

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

創部者は、生徒一人ひとりの"華(はな)"を活かす仕掛けを、部の精神に組み込んでおいた。

そして、その思いを、監督に託した。

 

生徒の純粋無垢な姿勢は、はじめ、'反発' となって現れた。

華を活かす――には、生徒が '独立自営業者化' しやすい陥穽もあった。

しかし、聡明な監督は、やがて、それは監督自身の心の表れであることに気づく。

そして、管理・指導ありきではなく、信頼関係の構築に、まず心を砕いた。

 

いっぽう、部は、そのあまりの独自性のゆえ、コンテストで全国進出できずにいた。

閉塞の日々が続いた。


全国大会へ進出できなかった先輩たち―――。

後に何を残せるかを考えた時、彼女らは、中学時代に全国大会へ出場した経験のある後輩数名を、次期幹部に推した、

大変革の '起爆装置' として―――。

 

次の期。

新幹部たちは、勝つにはどうしたらよいかを真剣に考え、伝統を尊重しつつ、いくつもの新機軸を大胆に打ち出した。

自律的な大胆な改善の流れへと、部を自然と導いたのだ。

それができたのも、前の期の先輩たちが、あらかじめ、後輩たちが雄飛しやすい下地を、気づかぬところで作りあげておいてくれたからなのだろう。

 

そして監督は―――

生徒の打ち出した新機軸を尊重した。

たとえ、自らの指導方針の修正を伴うものだったとしても、躊躇なく受け容れた。


それは生徒たちが自律的に考え、行動できる素地が醸成されていたからであり、

また監督-生徒関係を超えた、人間対人間の尊重し合あえる関係が構築されていたからだ。

振り返れば、当初の'反発'は、その構築に必要不可欠な'通過儀礼'だったかに思われる。


その美しい関係が構築できたのは、監督から生徒への薫陶もあったろう。

しかし、なによりその'気づき'の多くを与えてくれたのは、純粋無垢なガラスのように透き通った心で '変革の礎(いしずえ)' となっていった、数期に亙(わた)る数多(あまた)の生徒たちだった。

ある意味、監督は、生徒を信じ、生徒の理念を活かせる存在になるべく、生徒によって、育て上げられていったのだ。

 

かくして、全てが一体化したとき、まばゆいばかりのパワーが生み出され、

ついに、空高く舞い上がった。

全国金賞―――。


気付いたとき、監督は、本番前の円陣に、生徒たちによって迎え入れられていた。

生徒とともに'華'を育て、その'華'と同化でき、全国トップレベルにまで到達できる監督は、まず、少ない。
それを見抜き、全幅の信頼をもって後事を託したのは、創部者の慧眼あってのことであろう。

創部者は、また、自らの理念は、頂上を目指して少しずつ結実していくものだとも述べていた。

まさしく、その予言通り、壮大なドラマが展開され、そして大輪の華を咲かせたのだ。

真の結実―――。

 


創部者の思いは、今後とも、この類まれな監督の下で、さまざな美しい形となって、いつまでも香(かぐわ)しき香りを放ち続けるに違いない。

 

 

 

引継状

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

ソウタは、吹部でも貴重な男子部員だ。
3年生の女子部員たちの意見で、後輩たちに「引継状」の贈呈式をすることとなった。
来年度も、全国金の伝統を引き継いでいってほしいという一途な想いからだった。
でも、ソウタは、女子部員の手前、表情には出さないでいたが、贈呈式をすることに、なにか違和感を感じていた。


練習室で贈呈式がはじまる。

式の最中、ソウタは、こんなことを考えていた。

――自分たちが先輩からもろた以上のものを、自分たちは後輩に与えることができたんやろか?
先輩も自分たちも、もともと持っている資質に大差ないんやったら、金賞獲れたんは、監督やコーチの指導のおかげとちゃうやろうか...

 

 

「来年も、全国金賞とってください。」

3年部長の声に、2年の次期部長は、「引継状」を恭しく受け取る。周りからは、パチパチと拍手もおこる。


でも、なんか不自然や。
後輩から自分たちへの'思いやり'のように思えてきた。
後輩へ'檄'を出したつもりが、これやとかえって、労(いた)わられてるんやないか?

ソウタは、目立たぬよう、独り、渋い表情をしていた。

―――どないしたら、ええやろ?

 

そのとき、3年の部長が、2年の次期部長を前にして口を開いた。

「いっこ、お願いがあるんや。来年も全国で金賞獲れたら、その引継状を華々しく破り捨ててほしいんよ。」

次期部長は、ぎょっとして、目が点、口はポカンと開いたまま。

「…うちらの'足跡(あしあと)'やったら、賞状とトロフィーだけで十分や。律花吹部には、まだ、うちらの代では果たせへんた、吹コン、マーコンともに全国金って夢があるやろ?
ほんで、それに向かって、今度はみんなが、また新しい'引継状'を出していくんや。また、破られるようにな...。
それが、先輩を代々超えていくことになると思う。

...ほやけど、そないなもん大事に練習室に貼っといたら、身動きできへんようになってまう。
常に、破り捨てたる~て見といた方が、はるかに元気出るやんか。」

そういうと、3年の部長は、ニッと笑った。

一瞬の後、練習室に、大きな拍手が沸き起こった。


ソウタは、ほっとした。

―――なんや、分かっとったんやな。これでまた、いい伝統が続きそうや...。

ソウタは、意識のむこうに、卒部後の次の展開の香しい光を感じとっていた。

 

 

 

レボリューション

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

インデックス・ホールの入口脇で、泣いた。
関西大会金賞をとりながら、また、全国出場が叶わなかったのだ。


片隅では、仲間と抱き合って、おいおい泣いている者もいる。その様子をみると、アイナは、いたたまれなくなる。

コーチは「立派だった。堂々としよう。」とか、監督は目を真っ赤にしながらも「明日から切り替えて、新たな気持ちで再出発しよう」などと言ってくれる。

しかし、3年生の先輩には、もう、次は無いのだ...。

 


翌日。練習室。

部長とDMとが、2年生以下の下級生たちを前にして言った。

「みんな、頑張ってくれたのに、すまない。そして、ありがとう。私たちの叶わなかった夢を、頼みます。」
二人は、3年生を代表して、頭を下げた。

そこここで、すすり泣きが漏れる。
練習室は、窓から陽が射し込んでいるというのに、重苦しい空気に包まれる。
数秒間の静寂...どこか、重低音が響いているようだ。

しかし、なぜか、次期部長のアイナと次期DMのミユだけは、なにか違う...と感じていた。

 


練習終了後、二人は駅前のファーストフード店に入った。

あたりは、もうすっかり、夜のとばりがおりている。商店街の華やかな明かりが、妙に、よそよそしく感じられる。


ミ「ねえ、アイナ。これからどないしよう..」

ア「うん...。あのさ、なんか、ちがくない?」

ミ「ちがう...って?」

アイナは、ジュースをちょっと飲んでから

ア「わたしたち...、例年の繰り返し、走っとる気がせーへん?」

ミユは、口元まで運びかけていたハンバーガーを止めて、

ミ「それや!あん時、部長が『夢を頼みます』言うた時、しっくりこなかったんは。」

ア「うんうん、うちも、そう感じた。それから、ずーっと、なぜピンときーひんか、考えておった。」

ミ「それで...?」

アイナは、ゆっくりと、小さくハンバーガーを一口、かじると

ア「中学の時、思い出して..。ミユもうちも、全国行ったんやんな。」

ミ「うん。」

ア「あの時は、夢中で、分からへんかったけど、なんか、周りの世界が、今より純粋で、シンプルで、清々しい日々やった気がする...。」

ミ「うんうん。」

ア「今は、いろんなことやって、毎日が目まぐるしくて..。そして、それが当たり前のようになっておって...」

ミ「わかる。わかる。」

ア「そうして、擦り切れていくんやないかって..」

ミ「......」

ア「言いすぎや、思う?」

ミ「ううん、同感...。やけど...」

ア「やけど...?」

ミ「うん...律花らしくあるために、やること沢山あるんは、仕方ないと思ってた。それが伝統をつないでいくことやと思ってた。」

ア「うん、監督も熱心に教えてくれはるしな...。やけど、このままなら、先輩とおんなじ路線、確定やで。」

ミ「......」

ア「......」

コップの中で、氷が、カランと音をたてた。

ア「うちらに足らへんもの、何やろう..。」

ミ「...'音'やろな。全国出場校と比べて、レベル的には近いところまでは行っておると思うけど、その一歩が大きいんやろな。」

ア「うん、前々から、気づいておった。まず、そこからなのかもしれへんな。やけど、その一歩が、とてつもなく遠いんや。」

ミ「うん。そこしか、思い当たらん。」

ア「せやけど、ダンスしながら音まで良うするのんは、時間的にも技術的にも、不可能に近ない?」

ミ「ある意味、スピードスケート選手が、美しさを取り入れたい言うて、途中4回転ジャンプを組み込みつつも優勝してしまうようなもんやろ?」

ア「あはは...。そうや、そうや。おもろい例えや。...やけど、伝統を守りつつ革新するいうんは、そのくらい難しいもんやろな。」

ミ「...やる?」

ア「やるしかあらへん。」

ミ「うん。うちらの代は、革新に失敗しても構わへん。たとえ失敗しても、その経験が、後輩たちの肥やしになるやろ。」

ア「うん、うん。なにもせーへんかったら、何も出てこーへんしな。うちらの代は、それで十分や。あとは...」

ミ「あとは?」

ア「ダンス・アンド・マーチングに憧れて律花に入ってきた子たちを、どないして説得するか、や。」

ミ「うちも最初、そうやった...。監督に指導方針を掛け合うのは、まず、そのハードル乗り越えて、全体の意志を統一してからやな。」

ア「ある意味、'反乱'や...。監督がこれまで積み上げてきた指導方針を大きく変えてしまうことになるやろし..」

ミ「二人で、討ち死にしようやん。」

ア「あははは..。おもろい。やけど、討ち死いうたら、落ち武者みたいで嫌や。二人で、ジャンヌダルクになるんや。」

ミ「革命の女神やな。あはは..。それ、いい!」

 


翌日昼休み。練習室。

アイナとミユは、まず、3年生の部長とDMに、思いのたけをぶつけてみた。

ミユ「...というわけで、伝統とダンスをある程度維持したうえでの音重視への変更を、監督にお願いしようかと考えておるところです。」

3年DM「...そうして考えてくれること自体、うれしい。うちら3年生は、なんぼでも踏み台になる。」

3年部長「こら、単純に、ダンスと音との'時間配分の問題'やろか。これまでの、たくさんダンス覚えるんが律花らしさや―――ちゅう考えを打ち破らなあかんな..。」

窓外では、校舎横の木の枝が風に揺れている。
その様子をなんとなく見ていたアイナは、なぜか、盆栽の手入れをしている祖父との会話を思い出していた。


  「おじいちゃん、何してはるん?」
  「剪定や」
  「センテイ?」
  「ああ。何年後かの美しい生長した姿を想像して、中心となる枝、そうでない枝を見極めて、枝抜きしたり、生長の方向を整えたりするんや。」
  「なんか、スカスカになっとらん?」
  「『削る美』やな。ははは。たまに、期待掛けすぎて、アンバランスに、すきすぎてしまうこともあるんやけどな。ははは。」

 

アイナ「...削る美...」

ミ「アイナ、いま、なんて言うた?」

ア「削る美...あ、そうや!『削る美』や!!」

ミ「???」

ア「いままで、たくさんステップを覚えることが美しさにつながる――思うてた。それが伝統やと思うてた。せやけど、ちがうんや。」

ミ「どない?」

ア「それやと、ダンスか音かの二択になってまう。時間がいくらあっても足らへん。そやなくて、完成形に向けて、伸びやすいように、美しく削り方を工夫すればいいんや。」

ミ「『削り方の工夫』?」

ア「そうや、まず、余分な肉を削ぎ落し、効率的に組み立て直すんや。」

3年部長「活動日誌なら、個人的にくわしくつけていたのがある。」

ア「さすが、先輩、有難うございます。まず、日々の活動日誌をもとに、今年度のタイムスケジュールの問題点を洗い出す。なぜ、変更したかとか、どこに無理があったのかとか..。」

3年DM「ここ2年間の音源記録もある。」

ア「それがあれば、イベントごとの音の仕上がり具合をチェックできます。それから、各パートリーダーの先輩がつけてはった『成長記録』をもとに、お話を伺いながら、どのタイミングで、どのような練習を積み重ねていったために音質が向上したのか、確認したいと思います。」

3年部長「みんなにも、音が向上したと感じた瞬間のアンケートをとったら。どういうタイミングなり、場面なりで、どんなことしたから向上したからとか。失敗したとか。共有できる価値ある情報を掘り出せるかもな。」

ミ「そして、それらを総合して、スキルのライブラリー化し、練習にメリハリつけるんが、削り取ることなんやな。」

ア「ありがとう、そうなんや、そこなんや..。それと、中心となる太い枝と、それに寄り添い全体を豊かにする細い枝を、完成の観点から、時系列で再検討するんや。」


ミ「それから、先輩を前にして言うのもなんやけど、昔からのなんとなく続けられてきた上下関係の習慣も、再検討したら..」

3年部長「今日の話聞く前やったら、反対やったけど、むしろ、これまでなんとなく続けてきた'しくみ'をぶっ壊すことは、絶対、やらなあかん。」

3年DM「片付けや掃除も全員でやるとか、パートごとの音出し練習も、ソロコン全国入賞の1、2年生をリーダーに据えるとか、部内でのミニ・コンサートをひんぱんに開いて発表の機会をもっと増やすとか..」

ミ「うんうん..。何か、イメージ湧いてきた。」

ア「じゃ、みんなにも意見を聞いてみよう。」

その晩、アイナは吹部部員のSNSグループ内で、皆に、思いのたけをぶつけてみた。
うれしかったのは、ダンス・アンド・マーチングに憧れて律花に入ってきたはずのハルナが、諸手を挙げて賛成してくれたことだった。こんなにエキサイティングな冒険ができるんは、幸せやいうて..。下級生の取りまとめ役も申し出てくれた。

こうして、全員から、賛同が得られた。

 


二日後。アイナ,ミユ,3年の部長とDMの4人は、準備室にいる監督に会いに行った。

アイナ「...というふうに、私たちは考えています。難しい道のりであることはわかっていますが、私たち全員で頑張ろうと一致しています。どうか、宜しくお願いします。」

監督は、しばらく腕組みをしてじっと聞いていたが、数秒後、突然、笑い出した。

監「ふっ..、はっはっはっはっ..。長いこと監督やっておるが、生徒に監督されたんは、初めてや。もう、根回しも完了しておるんやろ。はっはっは。見事や。」

ア「すいません..」

監「いや、嬉しいんや...。うん、よく、考えた。よし、抜本的に変えたる!」

4人「有難うございます!」

監「明日、全部員を集めて私から話を切り出すが、あとはアイナが話してくれ。」

ア「はい。」

監「それから、今度の土日に、集中してそれら資料を検討して、指導スキルの効率的なライブラリー化が図れるか研究してみよう。それから部内SNSグルーブに、'なんでも目安箱'ちゅうのを作ってくれ。匿名投稿できる...」

ア「はい。」

監「生徒の内発的な'芽'は、その都度大切に育て上げたいし、そこを見んと、育っていく方向性も見えてこんやろ。」

4人「ありがとうございました。宜しくお願いします。」

4人は、頭を下げて準備室から出ていった。


監督は独りになると、腹に飲み込むように軽く口を結んで、目元を緩ませた。

 (見事に、やられたな...。あんだけの問題解決能力と実行力があれば、ひょっとしたら、全国行って、金賞いけるかもな..)

 

 

 

扉の開くとき

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

マーチング・コンテスト。演技直前、フロアー入り口。
DMは、一点の曇りのない、そして、少しの気負いもない満面の笑みで、皆に呼び掛けた。

「みなさん、楽しんでやってきましょう」


ことし、ユミには、はじめて、その言葉がすんなり受け入れられたのだ。

去年も、そして、その前の年も、先輩のDMたちは、たしか、そう言っていたと思う。
しかし、当時のユミは、絶対勝たねばならないという気持ちから、どうしても硬さが出てしまっていたのだ。


だが、今年は、違う。

今年は、練習を、意識がもうろうとするまで、何百回もやった。
寝ている間も、マーチングをしている夢を見た。
数学の授業中も、睡魔と戦いながらノートをとっているとき、はっと気づくと、ノートにはマーチングの注意点を書いていた...

こうなると、練習自体が、夢なのか、現実なのか、わからなくなってきた。

考えなくても、音に合わせて体が自然と動くようになる。周りとの音のバランスも、自然ととれるようになってくる..。

ひとりひとりがそのレベルに達すると、81名全体が、寸分の乱れもなく、呼吸や音出し、コレオグラフィーが、気持ちいいように揃うのだ。乱そうにも、乱すことができないオーラが、バンド全体を包み込む。そして、通し練習が終わると、'心にすっきりと納まる'のだ。

そうなると、コーチは、もう細かい技術的なことは言わなくなった。

仕上げ最後の指導は、
「胸を張って、明るく、夢いっぱいに」であった。

練習が、みんなと一体感のなかで行うことができ、ユミには、楽しく、そして幸せな時間に感じられた。

だからこそ、DMの「楽しんでやってきましょう」は、心に素直に響くのだ。

金賞も大事だが、それ以上に、自分たちの団結のハーモニーの世界に、お客さんも引き込みたい、そして感動してほしい...という気もちのほうが、勝っていた。なんか、賞は、二の次になってきたみたいだ。当初の「勝ちを取りにいくぞ!」という気負いは、とうの昔に吹き飛んでいた。


扉の向こうから、学校紹介のアナウンスが聞こえてきた。

扉が開いた。

緑色のフロアーが見えた。

団結のハーモニーの映える、幸せな'天上界'が、眼前に広がった。

 

 

演技が始まる。
 
ものの2分も経たないうちに、7名の審査員たちは評定用紙に書き込み終え、あとは、淡々と眺めているふうだった。

そして演技が終わったとき..

審査員席には七つの笑顔が並び、なかには頷きながら小さく拍手する審査員、また控えめに手を振ってくれる審査員すらいた。
そんなことは、異例中の異例であった。 

 


演技後、玄関脇フロアで。

監督は、皆の前で、『講評』を読み始めた。

「講評は、こうや..。」

「健全な、若さ溢れる感動の演技。会場全体が、柔らかく瑞々しい、至福のオーラで包み込まれました。
さらに躍動感に満ちた激しい動きにも関わらず、体幹アンブシュアや音質は維持。従来のマーチングの常識を覆す技術で、まさにミラクルとしかいいようがありません。音質もさることながら、その緩急の妙や、オリジナリティあふれる構成といい、それらが総体となって圧巻の美のハーモニーをつくりだしており、御校の演技は…」

そこまでくると、監督は、ウッと詰まった。

「御校の演技は…、新しいマーチングの可能性の一つを示されたというのが、審査員の一致した意見です。最大限の賛辞を送ります。…以上。」

―――監督には、自校の演技が、亜流といわれた日々の想いが去来したのだろう。

      亜流どころか、本流を変革させるほどの、新たな可能性を示した'先導者'と認められたのだ。

   律花吹部の方針に、時代のほうが追いついた瞬間だった。

   '扉'は、開いた。

 

ユミは思った。

 そうなんや...。あれが満点金賞やったんか...。
 
 無意識でやった演技やったさかい、言われてみても、心では、正直、ピンときいひん..。
 満腹の上に満腹になったみたいや...。

 あ、監督が、真っ赤に目を腫らしておる..。

 ウッ..

―――感激と歓びで、ユミの視界は滲んだ..


 監督を泣かせるなんて、初めてや。嬉しい!ほんま、嬉しい!
 
 こら、ホンモンのうちらの'勲章'や...。

 

―――自分たちの演技が、律花吹部の新たなステージの扉をこじ開ける偉業を成し遂げた意義に、ユミはまだ気づかずにいた。
   しかし、吹奏楽への純粋無垢な愛とは、そんなものなのかもしれないし、また、それも、光り輝く周りの景色が高速で飛び去って行く、青春の輝きの一コマなのかもしれない。

   そして彼女たちは、いったい、これから、いくつの美しい扉を開けながら、青春を駆け抜けていくのであろうか...。

 

 

 

 

友情返し

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

―――練習室。
   五線譜黒板の前に、監督が立っている。


パレ―ド・フェスティバル、ご苦労さん。
皆、体調の方は、大丈夫か?

  はい! 

うん、一部、足がつった者もおったようだが...全国大会本番まで体調の自己管理にも気をつけてな..。
それから、リオナ!

  はい。

パレードのさい、落とし物拾ったんは、偉かったで。

  わたし、べつに...

ま、場合にもよるが、ふつう、最後尾なら、落としモンなんか無視するのが常識や。しかも、酸欠状態で疲労困憊しとるなかで、や。
そういう極限状態のなかの、ふとした行為にこそ、その人の本性があらわれるんや。
あれは、うちのパレードの美しさに、内面からの美しさの華を添えたんや。感動したで。

―――パチパチ..仲間からの拍手が沸き起こる。
   顔を真っ赤にするリオナ。

 

ところで...

―――監督は、ポケットに入れていた左手を抜いた。

パレード後の聖良さんとの懇親会、どうやった?部長。

  同学年同士とか同じパート同士で、練習の悩みとか工夫とか、忌憚なく意見交換できて、とても良かったです。うちらとおんなじ悩みをもってはるんやな、と。なんか、親しみと自信が持てました。

DMは?

  とても友好的で、2年前にお付き合いをはじめて、うちらの代で、はじめてユニフォーム交換してもらえました。とてもうれしかったです。


そうか...。
ところで、君ら、気づいたか?
コロナが完全には収まっておらず、全国大会の表彰式も感染防止のため、今年は無しや。
なのに、そうした全国大会直前のこのタイミングで、うちとの交歓会をやってくれたんやで..。

―――みな、はっとした顔

そうや...。マスクしとっても、下手すれば、全滅や......。
その危険が分かっておっても、ウチと会ってくれる...そういう、聖良さんの有難みを忘れたら、あかん。

  はい。

それに、もうちょい、考えてほしいんや。

―――監督は、持っていたタクトを譜面台の上に丁寧に置いてから、そして話を続けた。

聖良さんは...、ここ何十年も、毎年毎年、全国金賞や。...ウチとつきあうメリット、どこにあるんや?

―――いくぶん当惑混じりの、何かを探るかのような顔、顔、顔。

まさか、聖良さんが、ウチらのファンや...なんて、よう言わへん。
聖良さんは、ある意味、感染リスク、つまり、全国出場辞退の危険を冒してまで、会ってくれたんや。
しかも、うちらとおんなじ目線に立ってくれ、迎え入れてくれたんやで。
せやから、うちとしては、聖良さんに感謝の念を持たなあかんし、懇親を深めたからといって、同じ立ち位置におるかのような、幻想を抱いてはあかん。

  はい。

では...、どないして感謝の気持ちを示したらええ思う?部長。

 ...ようやく、気づきました。監督、ありがとうございます。...全国大会での演技順は、聖良さんより前やから、聖良さんを慌てさせるほどの凄い演技で、"お礼返し"をしたいと思います。


よう、言うた。さすが、部長や..。
ええか、みんな。
聖良さんが茫然自失するような、圧巻の演奏演技を、堂々と繰り広げるんや..。
それが、本当の意味での"友情返し"や。

君らの、今の友情は、対等やない。もらってばかりや。
聖良さんのほうから、うちへ来てくれはるようになって、ようやく、互いに与え合える関係になれるんや。そんなんを真の友情って言うのちゃうか。

  はい!

―――部員たちは、全国金賞へのプレッシャーが全くなくなり、その表情には、険しさよりも、どこかしら、喜びの表情すら漂い始めた。全国金賞なんて、まったく、ちっぽけなことのように思われた。

律花が、律花らしく輝くこと―――それは、外からの評判によるものではなく、友情とプライドにかけ、内面から輝くことで周りにエネルギーを与えられる存在になることだ。

これほど、進むべき道がクリアーになったことがあったろうか。

監督は、いや、聖良高校は、そのことを鮮やかに示してくれたのだ。

 

   練習室を眺めまわした監督は、全体が、静かな、揺らめくオーラに包まれだしたことを感じ取っていた。
      
   (聖良さんには、ほんま、感謝や..。うちの見事な貫禄負けや..。有難い..。)

 

 

 

伝説から序曲へ

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

表彰式―――

「関西代表、律花高等学校。ゴー..」

とたんに、部員からギャーという叫びが沸き起こり、後に続く「..ルド金賞」と混じりあう。

恭しくトロフィーを受けるDM..。
その重みを確かめるかのように、いとおしそうに抱きかかえるように持っている。
そう、代々の先輩たちが希求しても叶わなかった、その究極のフィナーレが、いま、手中にあるのだ。

  どこからか「そして伝説へ」が聞こえてくるようや―――
  いま、
  うちらは、光の中におる...

充実感、達成感、そして同時に、頂上を極めてしまった勝者のみが感じることのできる一抹の寂しさのようなものも混じっていた。
これ以上、何が求められよう...

 

DMは、ふと、スタンド席に目を遣る。
2階最前列に陣取って携帯で撮影している先輩たちは、人目もはばからず、皆、頬を濡らしているようだ。

  何か、誇らしい..。
  技術と魂の襷を延々とつないできてくれはった、先輩たちへの感謝と、伝統の有難さを感じる。律花で、ほんまに良かった...。その延長上に、今日の'大輪の花'が開いたんや。

 

  せやけど...

DMは、その「襷」が気になった。
さも当然であるがごとく平然と並ぶ全国金賞常連校を横目に見ながら、今度は自分たちが、後輩たちに、この'金色の襷'を渡せられるかどうかが、気になり始めたのだ。


  うちらの代は、良い。
  ほやけど、今年コロナで参加を辞退せなあかんかった団体は、その悔しさをバネに、来年は、ものすごいレベルアップしてくるやろう。
  そしたら、後輩たちは、うちらの代より、はるかに困難の道に挑まなあかんはずや...

  今年のやり方は、通用せんやろ..

  今年だけの'一瞬のきらめき'で終わらしたら、あかん!

  これからが、律花が '全国金賞常連校' に変わるための体制作りの本番や。

  今、ここは、ゴールやない。新たな伝統づくりのスタート地点に立ったんや...。

  歴代のDMの、ほとんどが成し遂げたことがない、本当のゴールドのはじまりは、ここからや!

 

トロフィーを握る手に、力が入る。

それまでの柔らかなDMの眼差しが、一転、熱と光とを帯び始める。

心のどこかで「ドラクエ序曲」が響きだした―――

 

 

伝統の断絶

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

「本番まで、あと1週間!
なんで、いまさらステップ、揃わへんねん。」
「気合、入ってるんか!」

DMはあせる。あせって、声が裏返る。
団員たちは、連日の猛練習の疲れから思考停止に陥り、衝突して楽器をぶつける者、滑って転倒する者、頓狂な音を出す者など、数えきれない。なかには、その場でへたり込む部員もいる。

「1ミリでも前進しようちゅう気迫、起こらへんのか!」

DMは檄を飛ばす。
檄を飛ばしながら、まったくの'暖簾に腕押し'なのに気づく。


皆に悪意はない。先輩たちとの技術力の差もないはずや。音質・音量だって、負けてはいない。
なのに、なぜ、ミスが頻発するんや...。
気合だけの問題やない...。


想えば、コロナで、自分たちには1回もパレード経験がない。
先輩たちの残した動画をみると、すぐにでも再現できるように思える。
なのに、なぜ、できない?


はじめ、原因を、合宿での練習メニューにあるのか考えた。
でも、先輩たちと同じ内容で、べつだん、足りない部分はない...。

 

あっ。

その時気づいた。

ここ、1、2年、有名私大受験コース生から吹奏楽部に入る者が増えてきた。
そこで親達が、コロナでイベントに参加できないのをチャンスとばかり、勉学の時間の確保を監督に要望してきたのだ。
それを受けて監督は、イベントに参加できないのなら、まずは吹奏楽の基本である座奏の練習時間を確保し、いつ参加できるかわからないパレードの練習時間の一部を、大学受験勉強時間に割愛してくれたのだ。
たしかに、推薦がもらえる一部の幹部団員を除いて、一般団員の大学受験は、困難を極めている。監督の恩情でもあろう。


だが、その結果、どうなったか。

時間が削られた分、監督は、たえず「どないしたらええ思う?」と聞いてくるが、その都度、最善の結論は、すでに用意されているのだ。納得―――で終わる。

たしかに他校との競争の中、時間がないのはわかるが、生徒サイドで、パートリーダーが中心となって気づきを与えながら、皆の考えを引き出しながらじっくり仕上げていく過程が、無くなってしまったのだ。

 

なるほど、完成形の視点から見ると、時間の浪費とも思われる'膨大な試行錯誤の時間'ではあるだろう。
しかし、その浪費とも思われる時間こそ、気づきによる様々な視点が互いにぶつかりあい、調整され、そして全体がバランスよく仕上げられていく、大切な過程なのだ。

この過程の経験なくして、団員一人ひとりの「内発的な創造力」は働かない。

全体像のなかでの、今、自分がやっていることの位置づけも分からない。

さらには、余分な部分を削ぎ落とした結果の「力の抜きどころ」もわからないのだ。

気づきのぶつかり合いの過程を知っているからこそ、力の抜きどころも分かるからだ。

その '遊び' を作り出せないことには、ダイナミズムも生まれてはこない。


こういった過程を、効率化の名のもと省略してしまうと、練習は、「調教」に陥る。

折しも、律花はいまや進学校となり、団員は勉学もできる優秀な生徒たちばかりとなった。呑み込みの早い、聡明な生徒たちばかり。だからこそ、その理解力が、かえって内発的な創造力の醸成を邪魔してしまう面もあるのだ。

結果、練習の激しさが、ある一線を越えると、疲労がたまり、無思考状態に陥り、ミスが頻発する...

 

先輩たちの動画と自分たちの演技との違い―――。
座奏でまねれば、遜色ない、と思う。
けれど、じっさいパレードしてみると、笑顔と、譜面には現れない'迫ってくるもの'が違うのだ。

自分たちが憧れて入ってきた、律花高校の先輩たちの、あの超感動のパレード――そのオーラが、隊列全体の息遣いが、再現できない。一滴の感動の涙すら催さない...

伝統の断絶―――。

 

「一から立て直すか...。うちらの代は、コロナ後の、復興の世代や...」

  ―――DMは、ひとり小さく呟いた。

 

 

 

その目の輝きに

 

 

その目は、何を見てきた?
栄光、挫折、友情、苛立ち、賞賛、悔恨、歓喜......。
残像の断片が、うずまき、せめぎあい、 
カオスが、いま、溢れ出ようする


それなのに

ピュアで涼やかな
あなたの
その目の光。

手には目に見えぬ真白きバトン、
視線の先には未来。
無限の未来に向け、
いま、吹き出そうとしている
碧(あお)い光。

不確定な未来へ向けて
あなたは突き進む


なのに


そこには無謀さも
痛々しさも
狂気の光もない。


なぜ――


青春の全てを捧げ、
あらゆる深淵を覗き、
そして体当たりし、
'行進'を続けてきた、

だからこそ、

壮大な叙事詩は、これからも紡がれていくのだ。
過去から現在、そして未来へ。


叙事詩の中に生きる者の
「今」あることの
美しさよ!


未来はきっと貴女の掌中にある。

 

 

 

行雲流水

 

 

いつもご愛読、有難うございます。

このところ、新しいイメージが湧かず、新作発表が滞っています。折角、ご訪問くださった方に申し訳ないので、そこで今回は、これまで思うがまま書き綴った作品の中から、「作者の思い入れ作品」を何点か紹介させて頂きたく存じます。

 

まずは、現在(2021/06/21)人気第10位の「美しき継承」。

プロにはみられない、部活動の美学がここにはあります。
パートの技術や伝統、そして魂を見事に継承させた、主人公の資質や品性は、尊く、美しい。そしてフェードアウトしていく彼女の去り際には、純な、朗らかな、そして匂うが如き美しさがあります。

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つぎに「美しきマーチング」。

律花高校のダンシング・アンド・マーチングに惹きつけられる要因はどこなのか、あれこれ考えた末の、自分なりの結論を書いたものです。
当初、カタい文章なので如何なものか...と思っていましたが、一定の反響を頂けたようで、有難い限りです。
律花高校吹奏楽部のマネをしようとしても、そうそうできない内実が垣間見られるかもしれません。

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それから「義足の妖精」。

傍から見れば、これ以上ない苦難の中にあるはずなのに、主人公は、純粋・無垢な、若さで一心に理想を追い求めていく、その「尊さ」に我々は感動させられ、彼女から幸せや勇気をもらえるのです。また、彼女の静かなバイタリティーが、自身を取り巻く周りの環境をも変えていったのでしょう。それなのに、ご本人は「みんなにも支えてもらって、障がいがあることなんか忘れて、幸せな気持ちになれました」との弁。―――これ以上、惹きつけられる言葉はありますまい。

 

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「キング」は、律花吹部に憧れて、地方から出てきた部員さんを描いてほしいというリクエストに応えたものです。内実が全く分からず、冗長となってしまいましたが、中学~高校の成長の様子が多少とでも描かれていれば幸いです。

 

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その他、「新生へのプレリュード」は、実際、聞きに行かれた方のお話を下敷きにいたしました。

また1番人気の「香しき世界へ」は、定演で、すごく落ち込んでいる生徒さんを見て、はやく立ち直ってほしいとの願いを込めて創作したものです。

 

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また、3番人気の「<外伝> observers」は、とある吹部の前顧問のご著書を3回拝読し、イメージを膨らませたうえで創作したものです。あくまで創作ですが、多少なりとでも、教育者というものの姿勢のあり方に触れられていれば幸いです。

 

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「夢のなかへ」は、予想外の人気でした。京都弁が、ある程度、しっかり書けていたからかもしれません。あるいはOGたちの活躍か...

 

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「続・夢のなかへ」。運が開ける瞬間というのは、唐突にやってくるものなので、この種のサクセスストーリーに「取って付けた感」をなくし、説得力をどのように持たせるかに悩み、英文スピーチを後から挿入しました。これにより、多少のリアリティーは向上したとおもいますが、公園でのジェーンとの出会いの唐突感は、ご容赦の程。

 

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カンタベリーコラール」「音を追いかけて」の描写の一部は、ピアノをしている妻との会話がヒントになっています。

  

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 また、「Wish in bloom in the US」の終段部分は、とくに気に入っています。

脳裏にいつまでもありありと映像が残るような、余韻のある終わらせ方が好きです。

 

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その他、現在、リライトを考えている以下の作品もあります。

2020年代は、本作のような技術革新の年代になるような気がしてなりません。その一方で、変わらぬ普遍的価値の在りかも、改めて問われるようになるのではと思います。

 

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どうか旧作にも、今一度、お目を向けていただければ幸いです。

最後までお付き合いいただき、有難うございました。

 

 

 

 

 

続続・夢のなかへ

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

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それから数年後...

女子パラ・オレンジ組公演会場には、女子パラ・バッヂをつけたファンが押し寄せた。会場に入ってくる客たちは、まるで公認サポーターかパトロンであるかのような誇らしげな顔をしている。たんなるファンの群衆が押し寄せるのとは違って、歩き方にも、どこか不思議なゆとりのようなものが感じられる..。
当初、サポート額に応じてバッヂの色も変えようかという意見もあったが、自分たちを支え続けてくれるのは金額の多寡ではなく、ファン層の厚みだという声があがり、皆、同じ色のバッヂとなったのだ。この戦略が功を奏したのか、品のある、節度ある客が多く集まった。

女子パラは、いまや3チーム体制。

主としてホームタウンでの公演を行なうオレンジ組。ここは、高校からの一貫性と本家としての伝統を守りつづけ、ここで育った者が各地方チームの監督になっていく。
当初、出身校である律花高校の公演も抱き合わせで行ない、収入の半分は、後輩たちの活動費や奨学金に充てようか..などというアイディアもあったが、保安上の問題や、学校法人に対する税制上の問題などもあって、取りやめとなった。もっとも、最近では、律花吹部の公演日前後に、女子パラ公演を行うなどしているようだが..。

さて、地方公演を主に受け持つのが赤組,白組。
これは、律花高校卒業後の居住地域によって、おもに九州方面が赤組、関東方面在住のメンバーが白組となる。

赤組の特徴は、ダンスもさることながら、そのハーモニックな美しい音が売りだ。
金管楽器の音色は輝かしく、木管楽器の音色は表情豊かであるし、最弱音から最強音まで音に余裕があり、揃っており、濁りがない。音大在学中、または音大卒の優秀な団員を揃えただけあって、どのパートにも欠点がない。
このくらいでないと、耳の肥えた福岡の人たちは納得しないのだ。
そのうえで、ダンスしながらの超絶演奏もこなしてしまうのであるから、インパクト絶大である。
観客席には、セーラー服を着た地元の高校生たちも、多数見られる。

つぎに白組。
関東在住の若い団員が中心で、ヒップホップ系のダンスミュージックが得意。
耳に残るリズムバックトラック、その中毒性のある独特さや、人を虜にするようなビートの音楽、それからクールでほどよく甘く、スタイリッシュでノリが良い曲もあって、聞いている観客たちをノリノリにさせてしまう演奏スタイルだ。ファンの間では、ホワイト・マジックとよばれ、そして、'ホワイト沼'に嵌ってしまったコアなファンは、自らをホワイト・アディクトと自嘲する。
とまれ、海外公演のさいの盛り上げ役の中心となるのが、この白組である。


女子パラは、また、子供たちが音楽を通して成長できるための基金にも協賛している。
自分たちが現役時代、古い楽器を大切に使いつつ、いろいろな人に育ててもらった恩を忘れないためだという。
それが、女子パラのサポーターたちに、サポートする歓びとステータスとを与える一因にもなっているようだ。

 

さて、律花高校。
かつて高校を出てからは、公的機関のカラーガードなどに入り、細々と音楽活動を続けていたのだが、女子パラの出現により高校の位置づけは完全に逆転した。
大人気バンドの予備校と化したのだ。
全国から入学志願者が殺到し、とある歌劇団音楽学校よろしく、競争率数十倍という狭き門となった。優秀な部員も200名を超え、全国大会出場常連校となった。
生徒募集の観点からは、少子化のなか大変有難い話だが、他の進学クラスにも支障が出始めたため、律花では2、3年後をめどに、音楽科を増設予定である。

 

 

 

双輪の華

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

カラーガードのAとBは、律花の歴代のカラーガード中、屈指の'華'のあるペアだ。

はじめに気づいたのは、ステージ中央に左右から出てくる時の'歩き方'だった。
通常の歩行とは違い、つま先がいくぶん外開き。これはバレリーナと同じく、脚の内側の筋肉が鍛えられているからなのだろう。だからどんなに激しい振付をしようとも、体幹は常に安定しているのだ。

また、歩いているときの胸の張り方が違う。鎖骨が腕の筋肉を優しく押し出し、胸骨は上目遣いで上を見上げているのだ。

さらに気づいたのは、二人の首筋の美しさだ。
彼女たちは、上半身から指先の先端に行き届くまでのラインの美しさを常に意識して、舞う。
首周りには余分な力が入っておらず、肢体の動きも柔らかく、呼吸法も整っているようである。
それらが、演技に'優雅さ'を生み出している。たんに手わざでフラグを振り回すのとは、根本的に違う。

じっさい、学園祭のとき、ステージ左右で踊っているのを見たことがあるが、はたして、それはバレエ経験者のものであった。熟達したバレリーナとおなじ、首から肩にかけてのラインの美しさが認められるのも、なるほどと思わされたのだ。


そして、これらに加え、彼女たちには、楽器も演奏できる強みがある。
そう、彼女たちは、カラーガードである以前に、演奏家でもあるのだ。
この点、とくに重要で、彼女たちが舞うのは、通常、バレエ音楽に合わせてではなく、マーチング曲などの場合が多い。
彼女たちは楽器の呼吸とリズム、音楽性をよく理解しているからこそ、それらと、バレエ的要素との融合ができるのだ。


さらに加えて、その演技には二人の育ちの良さも滲み出ている。

Aは、どこまでも優雅であり、いわば、「動」。
またBには、「静」のなかに「歓び」が込められており、安定した芯の強さがある。
二人は、互いに認め合い、生かし合っている。
こうした友情の美しさも、ガード全体の動きの優雅さをも生み出している。

 

あり余る'華'―――。


彼女たちの創り出す世界は美しく、尊く、それゆえ、律花バンド全体の華やかな夢の世界を一層引き立てるのだ。

 

 

 

 

続・夢のなかへ

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 


その後、「女子パラ(女子パラダイス・オーケストラ)」は、世界デビューを目指し、いろいろと試みた。


東京オリンピックの外国人観客が来るタイミングでショーを開こうとした。
しかし、コロナで外国人の訪日は禁止されてしまった。

大規模展示場で世界的規模のモーターショーが開かれるのを聞き、イベント出演を打診した。
しかし、想定される観客と、展示品の購買層との関連性が薄く、そもそも、まだ話題性すらないということで、断られた。

CM出演を、大手外資系会社に直接、打診したりもした。そのさい、高校時代のテレビ出演の実績なども話してみた。
だが、販売戦略を熟知している大手広告代理店を通してほしい旨、やんわり、断られた。
担当者いわく、「自己完結しすぎている」。

そうか...。
女子パラの完璧な演技は、自己完結しており、商品の購買動機へと結びつかないのだ。
平たく言えば、どちらが主体か、わからなくなってしまう..というわけだ。


そんなわけで、さしあたり、動画配信をチャンネルにして認知度を広げることとなった。

たしかに、動画配信により、ある程度の数のファンを惹きつけておくことは可能だ。
しかし、社会的ブーム、世界的ブームを引き起こすところまでは、至らないのだ。
起爆剤とは、なりにくい。


世界へ打って出たいが、具体的にどすればよいか、皆目、見当がつかない...。

女子パラは、しばらく、暗中模索の日々が続いた。


*


「女子パラ」メンバーのサヤカは、その設立に関わってのち、すぐに渡米した。本場マーチングを学ぶためである。
オーディションと何回かのキャンプを経て、21歳のとき、初めてDCI(Drum Corps International)に出場した。


その会場近くの公園で、自分より20cm以上も背が高い、見知らぬ白人女性から、声をかけられた。体重は90kgくらいありそうだ。

「以前、パサディナでお会いして以来ですね。」

 「???」

「5年前の12月、パサディナ・スタジアム...律花高校の後でマーチングした西部大学の関係者です。」

 「あっ、...あの時は、演奏が長引いてしまい、失礼しました。」

「そんなこと、いいのよ。ちょっとお話、いいかしら..」

 「もちろんです。」


木陰のベンチが涼しい。
心地よい風が、ほおを撫でる。


「時間がないから、単刀直入に話すわ。
あの時、あなたの高校の後で、お客さんにゴッソリ帰られたのは、ショックだった..。」

 「ごめんなさい。」

「いいえ、謝る必要はないわ。...けど、そのうち気付いたの。自分たちは、なんてラッキーだったのかしら..ってね。」

 「???」

「マーチング革命の、一方の当事者になれたのだから...。お客さんの反応をみれば、何が正しいかのが分かったの。」

 「わたしたちは、そのやり方しか、知らないので...」

「いいえ、立派だわ。それに、優勝賞金も、寄付したっていうじゃない。」

 「ありがとう。」

「あなたにお願いがあるの。西部大学の私たちのクラブに来て、1週間、指導してくれない?もちろん、DCIが終わってからでいいわ..」

 「...わかった。ディレクターに聞いてみる。」

「あなたとお話しできて、よかったわ。」

 「私も。」

「この紙に、私の連絡先が書いてある。また、会えるといいわね。」

二人は、軽く抱擁し、そして別れた。

 

話を聞いたバンド・ディレクターは、目を丸くした。

「そうやって、他校からお呼びがかかるようになるのが、良き指導者への第一歩だ。200人からいる部員の中で、他校からお呼びがかかるのは、ほんの一握り。しかも、全米トップバンドの西部大学からとは...。これは、驚いた!!教えるのではなく、教えてもらってこい。10日間、許可する。」

 「有難うございます。」

「戻ってきたら、報告するように。向こうのディレクターから、そろそろ連絡があるだろう...。私の方からも、連絡しておく。」


数日後。出発の前日―――。

サヤカは、ディレクターから呼び出された。

「君に話しかけてきた女性いただろ?」

 「はい。ジェーンです。」

「彼女は、サブ・ディレクターだ。」

 「ええっ!」

「いったい、君は、何者なのだ?日本で何をやってきたのだ?どうして、うちの一団員としているんだ?」

 「いえ..」

「本学バンドのアシスタント・サブ・ディレクターとして行くように..。でないと、名門・西部大学さんに対して、失礼になる。」

 「はい、ありがとうございます...。」

 

こうして、サヤカは、西部大学で1週間、指導をすることになった。

最初は、よほど幼く見えたのか、中学生に接するかのような、いくぶんの当惑、そして奇異の目線を感じた。

ジェーンが紹介する。

「…わたしが、なぜ、彼女を呼んだのか...。5年前のことは、チームにとっても、忘れられない経験よね。言葉より、まず、彼女の力量がどれほどのものか、見せてもらいましょう。サヤカ。OK?」

サヤカはにっこり微笑むと、楽器を演奏しつつ、舞った。

激しくダンスしているのに、その音色は、どこまでも美しく澄みわたり、座奏となんら変わらない。
辺りがオーラに包まれ、彼女の周囲10mがパーッと明るい。まるで宙で天使が舞っているかのようだ...。

それが、どれほどすごいことであるか、マーチングをする者なら、一瞬でわかる。
また、これなら、従来、不可能だと思われていた豊かな表現も、マーチングに大胆に取り入れることができるだろう、演出の革命を起こせるだろう、そして、誰にもまねできないような、輝きに満ちたマーチングになるだろう―――その可能性に、その場の誰もが、気づいたようだった。

 

演奏が終わった。

だが...

周りを取り囲んで見ていた300人からいる部員たちからは、一言も声が出ない...。
いや、出せないでいるのだ。

あまりの"劇薬"...

全米トップといわれた自分たちが、完膚なきまでに打ちのめされた、5年前の「悪夢」が再現された思いだ。

自分たちは、こんなグループと戦っていたのか...

 

サヤカは、にっこりと微笑み、そして口を開いた。

 

"I'm very grateful for this wonderful opportunity.
Actually, for the last few years, all I've been thinking about is how to apologize to you.
We delayed the start of your marching with our performance at Pasadena Stadium.
But then I realized that it was out of respect for marching that you waited for our performance to end.
And that feeling turned into conviction when I met Jane.
I understood why you, regarded as the No.1 school in the US., had invited me. That is, you have a solid will to innovate marching without resting on your laurels.
Embarking on innovation may indeed cause anxiety.
However, the power to experience it as a meaningful step toward the future shines brilliantly in all of us.
It is friendship, it is love, and it is the glow of harmony and dynamism that lies deep within us.
Although it is a limited time, let me expose all of myself.
It is my respect for all of you who are honorable and courageous. It is also the love between those who seek to master marching together.
Thank you."

 

 (このような機会を与えて下さり、ありがとうございます。実はここ数年、皆さんに、どう謝ろうかと、私はそればかりずっと考えてきました。パサディナ・スタジアムの演技で、皆さんのマーチングのスタートを遅らせてしまったからです。けれど、そのうち、皆さんが、私たちの演技終了を待ってくれていたのは、マーチングというものに対する敬意の気持ちからのものであったのだと、思い至りました。そして、その気持ちは、ジェーンに会ったことで、確信へと変わりました。全米No.1といわる御校から私が呼ばれたのは、名声に安住することなく、マーチングの革新をしていこうという強い意志を皆さんがお持ちなのだと、私は理解しました。
確かに、革新に乗り出すことは、不安があるでしょう。しかし、それを未来に向けての意味あるステップとして経験しようとする力は、皆の中に燦然と輝いています。また、それは、友情であり、愛であり、そして心の奥底にあるハーモニーとダイナミズムの輝きでもあります。
限られた期間ですが、私のすべてをさらけ出しましょう。それが、高潔で勇気ある皆さんに対する私のリスペクトであり、ともに、マーチングを極めようとする者同士の愛でもあります。ありがとう。)

 


とたんに、練習場は、割れんばかりの拍手と、熱狂の渦に包まれた。
この瞬間、名門・西部大学マーチング部に、律花流のマーチングが芽吹いたのであった。

こうして、予定をはるかに上回る、都合3か月間、サヤカは断続的に出向することとなった。
先方のディレクター、そして、なにより団員たちが、サヤカの人柄や能力を惜しみ、手放そうとしなかったからである。


西部大学のマーチングは、その後、伝統のテイストを保持しつつも、生き生きと、大きく変容し、人々を、あっといわせた。たんなる集団美でなく、空間美も活きるようになり、個々の団員から発せられる躍動感が、チーム全体の強烈なオーラとなって、会場全体を包み込むようになったのだ。

そして、この間の経緯がドキュメンタリー番組に編成され、サヤカの感動スピーチとともに、ケーブルテレビで、さらには3大テレビネットワークでも大きく取りあげられたのだった。

 

そうや、忘れとった...。

さっきまでアパートで談笑していた、気の置けない西部大学の仲間たちが帰った後、サヤカは、ふと、気づいた。

「女子パラ」が世界進出するんは、今やん!

サヤカは、日本に連絡した。

 

3か月後―――。

首都ワシントンのポトマック川畔にある大ホールで、出演している女子パラがいた。もちろん、その中にもサヤカも加わっている。
2400席のチケットは、たった5分で完売し、また5年前のホームステイでお世話になったホストファミリーとの感動的な再会の場面なども含め、全米に放映されたのだった。

それは、サヤカのマーチング指導者としての、華々しいデビューでもあった。

公演や指導依頼が、各地から続々と舞い込んでくるようになった。

 


ははは...。まるで、種まき係やな...。

やけど、全米に律花の花があちこち咲いてゆくんが楽しみや...


窓から、心地よい薫風が吹き込んできた。

どこからか、ほのかに花の香も漂ってくる。

 

サヤカは、高校時代の吹部の仲間たちの笑顔を思い出しながら、頬をほころばせた。

みんなと、いつも一緒や...

 

 

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