律花高校吹奏楽部・短編小説集

これは青春のすべてを吹奏楽に捧げる者への賛歌である。

~おすすめ作品~ オープニング・セレモニー これを再掲しないわけにはいきますまい。

外伝『幻影』

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 


そういえば...

山科第二高校吹奏楽部の監督は、マーコンではじめて全国金賞を受賞した時のことを思い出した。


ゴールド金賞と聞いた瞬間、監督の脳裏には、ある言葉が思い浮かんだ
       ――― 『勝利の方程式』。

あの時は、バラ色の未来しか、思い浮かばなかった。
  ――― 来年度も、基本的には今年のやり方を踏襲すれば、全国へ行けるだろう。
  それに、今年度、試行錯誤して非効率だった部分が何か所かあり、工夫すれば、さらに練習時間を捻出できそうだ。
  隘路となっていた各種恒例行事と練習とのバッティングも、もっとうまく調整しておけば、練習の濃度の一層の平準化も図れそうだ。
  それに、入部希望者も増えるだろうし、予算も、今年度以上に期待できるだろう。
  外部講師を呼ぼうか、部所有の楽器のマウスピースもグレード・アップしようか...

あの時は、何一つ、不安材料は思い当たらなかった。

 


その翌年だった...

新年度の練習が始まったら、妙なことに気づいた。
昨年度の団員が2/3残っているはずなのに、団員たちの反応が、昨年とは全く異質なのだ。
 
まず、色々な意味で、荒削りの部分が影を潜めた。
はじめは、オーディション選抜で入部してくるので、ある程度のサウンドや演奏技術面は確保されており、気にも留めなかった。
ところが、前年と比べ、常に創造力を働かせての食らいつきや気迫が弱い、危機意識が薄い。妙な'ゆとり'のようなものが、指導中の間合いから感じられる。
また、指導中、全体のサウンドが加速度的に上達していく場面も、少なくなった気がする。あたかも、今、ここにいることに満足しきっているとしか思えない状態だ...。

生徒はわざとやっているわけではないだろうが、自分の指導に依存しすぎている気がする。
ありていに言えば、「何が何でも~したい」という「欲」がない。

パレードにも勢いが無くなり、笑顔も少なくなった。一部にグダグダ感すら感じられる...。
 
たしかに自分も、パレード中の「笑顔」は、たんなる「演出の一環」として捉えており、パレード開始のさい声掛けすれば足りると思っていた。しかし、なかなか徹底されない。
どうやら、もっと根源的な問題のようだ..。

 


そのうちあることに思い至った。

自分は、ここ2~3年、実力主義による競争原理を取り入れる際、上下関係の「陋習」を、一切、破壊した。
たとえ上級生であろうが、上手い後輩がいれば、部のため、裏方へ回らなければならないのは、当然のことだ。全国強豪校は、どこでもやっている。
生徒に対しては、このように言っている。

――― '練習やってます感'を出してそれに満足するな、家に帰ってから人に見えないところで努力するのが基本中の基本だ。そうすれば、学校での練習は、その隠れた努力の成果を披露する場となり、練習中の瞬間、瞬間がチャンスに変わるのだ。

しかし、その結果、彼女ら、彼らにとっての戦うフィールドは、演奏能力面だけとなった。
勉強との両立もあり、内部での評価につながらない「笑顔・体力・パレーディングの迫力」などというものは、周りに埋もれぬよう、また、突出せぬようすればよい―――という妙な集団意識が働いているのかもしれない..。

たしかに、基礎体力づくりの時間を削り、座奏の練習に振り替えたこともあるだろうが、それにしても、笑顔や体力、ダイナミズムの不足感は否めない...。


昔との違い ――― 

思い起こせば、つい、数年前までは、生徒同士で演出に工夫を加えているとき、「お客さん、驚かしたれ!」などと愉快そうに話していた場面が、多々あった。
また、先輩が後輩を叱り、それでも後輩は食らいついていく場面が普通だった。そのうえで、さらに生徒の中で、何重にもフォローする体制もできていた..。

本来、そうした同じ目線の生徒同士のやり取りのなかで、集団の中での自らの立ち位置を自覚し、自らの問題として「何が何でも…したい」という激しい希求の「心」が育まれ、団結心も育まれていった。そして、先輩からの薫陶が年々蓄積され、一挙手一投足の所作となって滲み出たものが、笑顔であり、内側から湧き出るダイナミズムなのかもしれない。―――そして、そのパレードの凛々しさ、清々しさ、心地よさよ!
「部の魂の伝達」――― 生徒主体の部の歴史というのは、そうやって紡がれてきたのだ...。

 
それが今では、徹底した実力主義による監督への中央集権体制を築き上げてしまった。
しかし、その過程で、先輩部員が後輩に「部の魂の伝達」を行っていく余地があっただろうか...。
意図的に「スキ」を作りだし、子供たちの気持ちを引き出していただろうか...。
さらには生徒のほうから自分を突いてくれた場面が、これまで一度たりともあったろうか。
秒単位の効率化を求めるあまり、そのような間合いをつくることは、ことごとく避けてきたのでは...。


しかしながら、それらの対価として、「全国金賞」という大きな果実を得ることはできたのではあるが..。

 


監督は、練習室に掲示してある、部のスローガンに目をやりながら思った。

生徒の人間的成長の観点からは、自分のやっていることは王道でないかもしれない。
しかし、覇道を経験させることも、社会に出てから厳しい競争の中で生き抜いていくのには役立つだろう。
それも、また、人間修養かもしれない..
現時点で大量退部者がまだ出ていないのは、生徒の側のほうが、それでも私の真意を見抜いてくれているからなんやな..。有難い...。

と、ここまで考え、2つのことに思い至った。


1つめは、指導のさい、すぐには答えを与えず、またすぐには薫陶もせず、生徒に自律的に考える姿勢を身に着けさせるため、気づきの引き出し方や間合いをもっともっと研究する。

2つめは、生徒の創造力が全体の気迫のオーラとなって湧き出し、打てば響くようなサウンドの向上の場面をさらに引き出すためには、効率化のみを追い求めるのではなく、まず、こちらから生徒目線で心を開き、意図的にスキを作り、子どもとの心のキャッチボールを心がけることが前提ではないか。
そういえば、九州のF先生やN先生も、意図的にアニメや派手なTシャツを着ていた。SNSの発信も上手い..。
そうして自分の真意と子供の心とが結びつき、演奏に現れるようになれば、はじめて吹コンでも全国進出するやろ..。
指導技術で他校に負けておらず、また生徒のもともとの資質にも大差なければ、残るはそこしかない...。

監督としての今年の課題は、むやみに突っ走る指導はせず、安易に薫陶をせず、生徒との心のつながりの中で、生徒の心が醸成していくのを見極める、丁寧な目線と忍耐力をもつことやろな..とも考えた。同時に、一層の効率化の工夫も、だ。

 
そのうえで―――

現体制は維持する。
ルビコン河は、すでに渡ってしまったのだ。
まずは、マーコン全国金賞を毎年、受賞できるようにする。それとて大変なことだが。
そして、5年続いたら、その時点で、うちの部はさらに変容しておるやろ..。
それまで、生徒とともに、あっぷあっぷ し続けるか..

肚は決まった。

そして、こうも思った―――『勝利の方程式』いうんは、幻影やな..。
まるで、いつまでも私自身、人間修養やな...

監督は、いくぶん、口元に自嘲の表情を浮かべ、眺めていた部のスローガンから、窓外に目を移した。

おぼろげな雲間から、乾麺の糸のように、何条もの金色の光が、まっすぐ地上に降り注いでいた。

 

 

原点

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

ナミは、律花高校を卒業後、音楽の専門学校へ通い、プロ・デビューめざして必死にやってきた。
一日、一日が勝負の日々だった。
やがて、いくつもの壁が立ちはだかり、ひとつひとつに挑戦していった。
技術力、音楽性、エンターテイメント性、発信力、人脈...。何より、音楽性以前の体力・人間的魅力...。

また、チャンスのやってくる場に身を置く嗅覚をもつことも大事だった。

誰にもなんらかのチャンスはめぐってくる。
しかし、チャンスを十二分に生かし、さらにステップアップした次のチャンスへと結びつけていけるのは、「日ごろから練習しているから..」では通用しない。そんなこと、だれでもやっている。
日々、一歩ずつ進化し、どんどん変容していける練習のあり方が大事だった。

このレベルになると、最高の演奏技術を求める以前に、個性の魅力を生かした奏法なり技術、演出、発信のあり方などが問題になってきた。また、仲間も、自分の人間的魅力が増すにつれ、それ相応の魅力的な仲間にどんどん変わっていった..。


こうして、気付いたら、卒部後10年、経っていた。
進化、変容していくことで、業界で必死に生き残ってきた。

 

変容してしまった自分 ――― 。

―――ひょっとしたら、食うのに精いっぱい...ちゅうより、この10年間、ある意味、自分探しの時間だったかもしれへん。
いったい、もともとの自分のあり方は、どうだったんやろか...。


そう思ったナミは、まっすぐに、母校・律花高校吹奏楽部を思い出した。
そして後輩たちのマーチング動画を、初めて見た。
いままで、泣いてしまいそうで、怖くて見られなかったのだ。


そして、思った通り――― 泣いた。

自分たち時代と変わらぬ衣装。曲や振り付けなど、やや、変化している部分はあるが、大本はずーっと、引き継がれている。
画面が滲んで、懐かしいというより、昔のピュアな自分の姿を見ているようで、なんか痛々しさえ感じられる。


また、今まで意識していなかった自分の'姿勢'の原点のようなものにも気づかされた。
どんなに変容しようとも、決して変わることのなかった軸足の置きどころに改めて気づかされ、感動で、泣いた。

やがて―――

そんなピュアさが、卒部後10年経った今でも自分に残っとったんか―――と思い至り、今度は、可笑しみがこみ上げてきた。

―――なんや、いっこも変ってへんやんか。


モニター画面を見ながら、独り、泣き笑いしているナミがいた。

 

 

響け!永遠(とわ)に

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

「今日、何あったん?いつものツバサと違う…」
 
アンナは、心配そうにツバサの顔を覗き込んだ。
 
「ああ…、総合コースのやつが、うちの中高一貫クラスにいきなり乱入してきて、教壇で喚いてん。」
 
「なんて?」
 
「『おまえら、よう聞け! 俺、全国模試で東大A判定やで。お前ら、アホか! ―――以上!!』って。」
 
「…」
 
「そう言うて、パッと教室出ていきよった。」
 
アンナは口をぽかんと開けて聞いていたが、数秒後、腹を抱えて笑い出した。
 
「キャハハハ…。学校の回し者?」
 
「笑てる場合か。俺ら、ぶち切れや。一貫コースのプライド、ズタズタや。」
 
「ごめん、ごめん。やけど、部活動がない一貫コース生の生活にも、ドラマがあるんやな…って感心したんや。」
 
そういうと、アンナは愉快そうに笑った。
 
「そういうアンナは、部活、どうなん?」
 
「うちら、ドラマチックな日々やな。毎日毎日が新しい発見や。ほんで、自分独りやなくて、みんなと歩調合せて、一歩一歩仕上げていけるんが、大変やけど、ほんま、うれしくて…。」
 
「そうか…。やけど、吹奏楽部の練習は、週7日やろ。」
 
「うん…」
 
「いつ勉強するん。音楽で食っていくなら、話、別やけど…。そうやなくて普通の就職やったら、ある程度の大学入っとったほうが…」
 
「そうやろな…」
 
「何、他人事のように言うてんの?」
 
「一貫コースにはわからへんやろな…」
 
「?」
 
「うちら、今の楽しみだけをエンジョイしてるわけやないんよ。」
 
「言うてる意味、ようわからへんけど…。でも、この間のコンサートのソロ、アンナのユーフォニアムの音な、あれ聞いとったら、心に響くっちゅうか、清らかになるっちゅうか…。たぶん、アンナが100%正しいとしか思われへんくなってくる…」
 
「ありがとう。うち、そういうツバサ、好きや。」
 
 
 
 
数年後。三ノ宮駅前のファーストフード店で―――
 
 
ツバサは、とある大学の研究室にいる。
 
「…それで、校舎ん中を、ウリ坊が走り回ってさあ…」
 
「キャハハ…」
 
相変わらず、アンナの笑いは屈託ない。
 
アンナは、大学卒業後、今は働きながら、市の交響楽団の非常勤としても頑張っている。
 
ユーフォの音色も、高校時代のピュアなサウンドに加え、音の豊かさというか、丸みも出てきたようだ。
 
「研究室のほう、大丈夫?」
 
「うん、大学に残ろう思ってんねんけど…」
 
「どうしたん?」
 
「共著論文の共著者の扱いが…研究室の先輩が、譲れ、言うねん…」
 
「ひどい!」
 
「ほんまや…。あんだけ頑張ったのに…。この世界では、無償の努力をして、引き立てられて、道が開けるいうんが、まま、あるんやそうや。」
 
「信じられへん!ブラックやん。」
 
「…アンナは?」
 
「ウチんとこ、大企業やないけど、何人かでプロジェクトを任されて、張り合いと発見の日々やで。」
 
「ええなあ…」
 
「昔、吹部でやっとった、みんなで協力し合って、問題が出てきて、一つ一つみんなで工夫して解決して、全体を高めていく―――ていうのと、まったく同じやな…。」
 
「うんうん。」

「こないだ、クライアント先でのプレゼン、誉められたんやで。」

「どない?」

「自分で言うんも何やけど…堂々としとる、インパクトがあって要領を得ている、そんでいて、営業臭さより心地よさが残る..。」

「まるで、オケの舞台演奏やな..」

「あ、それから、聞きだし方が上手い言われたな。」

「周りの状況をうかがいながら、すべきことを察知するんも、吹部経験者ならではやろな。」
 
「…ま、お客さんは、聴衆からクライアントに変わったけど、喜ぶ顔を見るのがうれしいのは、同じやな…。そんで、懇意にしてくれはるお客さんもおるんやで。」

「ファンやな。」

「ほんま。それでお金を頂けるのは、有難いこっちゃ。」
 
「ええなあ…。上司は、アンナのこと、何ていうとる?」
 
「はじめ、『来てくれてほんま助かる』言うてくれたな。」
 
「はじめ?」
 
「うん。それが、今、何や思う?…ウチんこと、『ブルドーザー』やて。」
 
「わかる、わかる。」
 
「それ、いいすぎやない?」
 
「悪い、悪い…。でも、ええなあ。そうやって、みんなと一緒に高めあって切り拓いていく方向に、自然と周りを巻きこんでる…。今、ようやく、わかった。いつかアンナが『今の楽しみだけをエンジョイしとるわけやない』いうてたんを。」
 
「やけど、あん時、ツバサは、ウチが100%正しいとしか思えん、言うてくれた…。」
 
「ああ。これでも、魅力的な女を見る目はあるんや。」
 
「アホぬかせ!」
 
「ははは…」
 
 
 
 
翌年、ふたたび、三ノ宮駅前のファーストフード店で―――

助教、昇格、おめでとう。」

「ありがとう...」

「先輩が転出したんも、めぐりあわせや。これからは、下の者を可愛がってやってな。」
 
「うん…」
 
「そんなことより、そろそろ…」
 
「えっ?」
 
「この鈍感!」
 
アンナが、少し、はにかみ気味に、フライドポテトを1本投げつけようとする。

その仕草を、ツバサは口元にハンバーガーのカスを付けたまま、しばらくボーッと眺めたまま...。

そして数秒の後...ツバサは、ようやく目を白黒させはじめた。
 
「あっ…」

 


 

『キャー』

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

練習室の五線譜黒板の横には、大きな張り紙がある。
 
『今年こそ、全国へ!!』
 
角が折れ、いくぶん黄ばんだ紙は、もう、貼られてから何年経つのだろう...

4月―――。
 
これからマーコンにむけての会議が、練習室で始まるのだ。
 

      *
 
 
3年生の部長が話を切り出す。
 
「最初、うちから話さしてもらうで。意見があったら、どしどし言うてくれへん。」
 
そういうと、いくぶん、腫れぼったい目で、ひとりひとりの目を見まわした。
 
「みんな、中学時代の友達で、高校入ってから全国行った者もおるやろ。うちも、羨ましい思う。いったい、うちらと何が違うんやろ...。」
 
  「違わへん。」
 
「そやろ。中学時代、音も、マーチング技術も、負けてへんかった...ちゅうか、うちらの方が上やった。ほな、なぜ、うちら、全国が遠のいてしまったんやろ?」
 
  「……」
 
皆、目を伏せてしまった。
 
部長は、そんな団員たちの様子をぐるりと見まわしてから、
 
「うちらの期は、全国進出のために、いったん、すべて捨て去りたい思うんや。たとえ、'伝統'であっても...。」
 
団員たちは、一様に「エッ!」と、驚きの表情を浮かべた。

「コンテストで減点に結びつくことは全て捨て、加点に結び付くことは何でもやってみることや。」

3年部長は、腫れぼったい目をしながら、とつとつと語りだした。

「つまり...」

部長は、自分のこれから言おうとする言葉の重みを感じ、一瞬、言い淀んだが、意を決して、言葉を続けた。

「...全国大会進出のためには、...演技中のダンスは捨て、『キャー』も捨て、蜘蛛の子を散らすような動きも捨てるべきやないか...。それにユニフォームも、動きの統率感がより強調される、ラインの入ったジャージに変える...。」

部員たちは、一瞬、わが耳を疑った。
驚きと当惑とが、練習室を満たす。

部長は部長なりに、前夜、よほど迷ったに違いない。
目に腫れぼったさが残っている。
そして、今なお、迷っているからこそ、自分に言い聞かせるようにも、話しているのだろう...。
 
しばし、静寂―――。
皆、ショックで口を閉ざしたまま。
練習室は、静かなはずなのに、皆、部長の声が耳につき、各自の頭の中でリフレインしているかのようである。


しばらくしてから、ようやく、学生指揮者のカホが口を開いた。
 
  「たしかに、ダンスを捨てるんは、音の安定のためやと、頭では理解できる。ユニフォーム変更もそうやけど、そういった律花の魂や伝統を捨ててまで、全国行ったとしても、それは、価値があるやろか。もっと言えば、かりに、律花の伝統を捨てて『全国金』獲ったとしても、うちら何者になるんや? 所属は律花高校やけど、魂は律花やなかったら、そんなの、中身のないメッキや。部長は、『伝統』を、どない思っとるん..」

部長が答える。

「...ウチも、『伝統』は大事や思う。そやけど、これまで何期もの先輩たちが、その『伝統』に縛られて、全国行きを逃し、毎年毎年、涙を呑んできたやろ。そやさかい、うちらの期は、律花は伝統に縛られなければ全国進出の実力がある――と、示しておきたいんや。」

DMのリホ。

  「部長の言うとおり、演技中、『蜘蛛の子を散らす動き』と、『キャー』という奇声だけは、マーチングとして我慢ならない―――という考えのあることは知っておる...。悪印象が減点方向に働くこともあるやろ...。それは分かる。そやけど、みんな、考えてほしいんや。なんで、律花では、代々、いわば、自滅行為ともいえる、そないな伝統を受け継いできたんやろ...。単純に、伝統に縛られてきただけとは、ちゃう思う。代々受け継いできたんは、もっと深い意味、あるはずなんや、絶対に。」

  「うちが思うに...キャーは...勝敗を超えた、律花の魂や。一人一人が輝く、魂の叫びなんや...。」

 

      *
 


 ここで、それまで黙っていた監督が、はじめて口を開いた。

「みんなが真剣に考えとること、ようわかった。」

そしてDMのほうを見て、

「いいところに気づいてくれた。ここから、私に、話させてくれ。」
 
監督は、全員をぐるりと見回してから、
 
「軍隊式のマーチングバンドは、もともと、個を滅し、統率を第一としてきた。帽子を目深に被るのもそうや...。やけど、うちの部の創立者は、それを良しとはしなかった。女の子には似合わん、考えてな。」
 
皆、監督の話にじっと耳を傾けている。
 
「君らには、まず、個々の輝きがある。魂の叫びがある。それらが一体となってハーモニーに昇華するとき、演奏・演技の緊張と弛緩の中で、見る者のおっきな感動を呼ぶんや。マーチングの空間を、百花繚乱の生み出すおっきな幸福感で包み込むんや。こら律花伝統のポリシーやし、律花にしかできひんことや。」
 
皆、大きく頷く。
 
「マーチングの感動は、美爆音と統率のとれた動きだけが生み出すものやない。」
「敬愛の精神、心配りをもちつつ、瞬間、瞬間の互いの心の機微を察知し、常に互いのバランスを図りながら演奏・演技できる域にまで達して、はじめて、個々の魂は輝くんや。」
「そのうえで、みんなとの合奏が本当の歓びとなった場合に、個性がおのずと浮かび上がってくる、今期のサウンドにもなっていくんや。そして...」
 
監督は一拍入れたのち、
 
「『キャー』は、いわばその個性を芽吹かせる '気合' のようなもの、そして『蜘蛛の子散らし』は、意図的に統率を崩し、個々の魂の輝きの発露を予感させる'合図'のようなものなんや。蜘蛛の子を散らした動きの数秒後には、もう、次のフォーメーションがピタッと出来上がっておるやろ。そして、次の瞬間、全体が湧きたつような激しいダンスが爆発する―――この間の、弛緩と緊張、そして解放・爆発が、個々の輝きをいっそう活かし、惹きつける要素の一つともなっておるんや。」
 
「私は、そういった考えのもと、『キャー』と『蜘蛛の子散らし』は、前任者からずっと引き継いで来たし、これからも、ずっと続けていくつもりや。ただし...」
 
監督は、団員ひとりひとりの表情を見ながら
 
「ただし、前提がある。統率の美しさだけで終わらせたらあかん。律花らしい'個々の輝きのペーソス'を加えて、花開かせ、昇華させ、完結させるんや。」

団員たちは大きく頷く。
 
そこまで言うと、監督はニッと笑い、そして今度はいくぶん柔らかい口調で
 
「すでにハーモニックな律花のサウンドはできている...。あとは、心を掴む'出だし'の工夫、うちの高いマーチング技術を分かりやすい形で審査で見てもらうこと、それから美しさだけでなく力強さや凛々しさ、それでいてかわいらしさなどなど、全体として様々な美をまとめあげたうえで、最後、個々の輝きの発露で、強烈なインパクトを与え、サウンドを含めて全てを美のハーモニーとして昇華させ、完結させるんや...。」
 
「それが律花の伝統的マーチングのあり方であり、その魂を最大限活かすのが、伝統のユニフォームなんやな...。」
 
「心配せんでいい。すでに、君らは、全国進出レベルに到達している...。あとは、精度を上げていくことと、自分を信じ、皆を信じ、部を信じること...そう、夢を掴む気概や!」
 
「はいっ。」
 
上気した団員たちの顔・顔・顔...。
皆、表情が輝きだした。
 
  
「部長。」
 
  「はい...。亅
 
「君には、負担かけてしまって、すまない。君の、とことん思いつめた気持ちがあったからこそ、皆に私の真意を伝えることができたし、君の真心が、部の心を一つにさせてくれたんや。感謝する。ありがとう。」
 
そういうと、監督は部長に頭を下げた。
 
上気した、腫れぼったい部長の目に、ダイヤモンドのしずくが光った。
 
しずくには、遠くの夕陽が輝き、視界の向こうには、ゴールドの世界が広がった。

 

 

 


 

オープニング・セレモニー

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

話は、唐突にやってきた。


「本日は、お忙しいところを、どうも。...じつは、律花さんに、京阪神万博のオープニング・セレモニーに、ぜひ、ご参加いただきたいのです。」

―――監督は、目を剥いた。

「えっ、うちが...ですか?」

「そうなんです。」

「万博-言うたら、近未来技術のディスプレイやないですか。うちと、どう、関係が..?」

「ごもっともです。ご存知のように日本の工業発展の源は、日本人の職人魂です。それと、技術とが融合することで、世界に誇る、オリジナリティ溢れる技術革新を行ってまいりました。たとえ、どんなに技術が発達しようとも、うわべのデザインの美しさや珍しさだけでは、将来に向けての技術革新の礎とはなりません。その根底には、やはり、夢や希望、生きる瑞々しさといった、'命の輝き'が感じられることが、必要なのです。」

「お話は、わかりますが、...それと、うちとの関係は..?」

―――準備委員会の担当者は、ソファーに浅く掛けなおし、やや、身を乗り出して

「はい。御校の吹奏楽部さんは、他の追随を許さない、世界に誇る、マーチングの技術革新を成し遂げられました。ネット動画再生回数も10数億回を超え、世界中にファンがおられます。これは、人種・民族・性別・宗教を超え、万人に、夢や感動を与える『普遍的価値』を持っておられる証拠です。さらに、未来を担う若者による、若さ溢れる瑞々しい至福のオーラで、会場全体を包み込んでしまう...そんなことができるのは、世界中で、御校だけです。未来に向けての夢や希望に満ちた、命輝く技術革新の心を端的に示すのに、これほど適した団体は、他にはございません。ぜひ、お願いしたいのです。」

「...御趣旨、承りました。大変、有難いのですが...一つ、質問させていただいても宜しいですか?」

「はい。」

「今回、オープニングのさいに、国歌を歌うのはどなたに?」

―――担当者は、大きく頷き

「はい、そうなんです。正直申し上げて、多方面からのオファーがございました。大手広告代理店や大手芸能プロダクション、さらには、本当は申し上げるのはマズイのですが、政治家の方とか...。しかし、うちの総合プロデューサーは、頑として撥ね退けました。」

「ほう...。」

「うちの総合プロデューサーは、これまで聴いた国歌斉唱で最も感動を受けた、野村綾さんにしたのです。」

「ああ...甲子園で歌った..」

「はい、そうです。」

―――監督は、大きく頷き、そして微笑みを浮かべながら上体を起こした。

「それを伺って、安心しました。正直申し上げて、利権渦巻くなかで『大人の都合』を排除し、あくまで純粋な'いのちの輝き'の観点から理念を通そうとされる、準備委員会さんのお姿に感服致しました。そのお考えの延長上に、本学への出演依頼も頂いたと考えると、ほんま有難く、光栄に思います。お受けさせていただきます。」

―――監督は頭を下げた。


こうして、律花高校吹奏楽部は、京阪神万博のセレモニーに出ることになった。


      *


「一と、二と、三と、四と...」

暗くなった校庭に、パレーディング練習の掛け声が響く。

もう、1か月以上も、夜8時までの猛練習が続いている。
OGたちの練習への合流は、仕事が終わってからなので、むしろ6時過ぎからが本番なのだ。

(今年は、マーコン全国進出、諦めなあ、ならんな...)

リホは、思った。でも、すぐに思い直した。

(せやけど、万博のセレモニーに出られるんは、何十年に一度のチャンスや。マーコンは毎年あるし、高1,高2と全国行けたし、それでええやん...)

自分自身に言い聞かせてもみる。

「五と、二と、三と、四と...」

(律花吹部の伝統のため、頑張らなあかんな。)

「六と、二と、三と、四と...」

(何年も、語り草になるやろな...)

「八と、二と、三と、四と...」」


薄暗い校庭に、青春の命は、ますますその輝きを増す。


      *


京阪神万博。オープニング・セレモニー。


野村綾の国歌斉唱は、あえて歌唱法のテクニックは抑え、ともかくピュアに歌うことを心がけたようであった。

直球だけの勝負―――それでいて、歌いだしの部分で、もう、聴衆の心をガッチリと掴み、感動のあまり、涙を流す者も多くいた。

やがて...斉唱が終わる。

静寂―――。

その余韻が、聴衆の心へ、いかに深く染み入ったのかを表している。

そして、数秒の後、はじめは小(さざ)波のような、やがてはっきりと地の底から湧き上がるような拍手が起こり、声援とともに、場内に轟き渡った。

まさしく、命の歌とも呼べるものであった。

 

つづいて...

興奮冷めやらぬ中で、ファンファーレが鳴り響く。

律花高校の登場だ。


3代にわたるDMを先頭に、ペナント、トロンボーン隊、ホルン隊、パーカス隊、トランペット隊、クラリネット隊、フルート隊、そしてカラーガード隊だ。現役・OG・OB、併せて300人の大パレードだ。それらが、一糸乱れぬダンスをしながら、演奏して入ってくるのだ。いとも簡単に、そして、幸せいっぱいの笑顔で。

観客は、楽しそうな笑顔に引き込まれ、それが、いかに凄いことか、最初は分からないふうであった。

しかし、楽しく手拍子をおくるうちに、ようやく、ジャンプやダンスしながらの演奏に乱れがないことに気づく。それでいて、オーケストラ並みのサウンドである。驚嘆の声が、そこここで上がり始めた。

実況中継していた海外メディアは、「信じられない」とか、「これぞ、日本のハイテク」だとか..。なかには「一人ひとりにICチップがついているんじゃないか」など...と評するメディアも。

 

パレードが、センター・ステージにさしかかった。


DMの笛で、トランペット隊のファンファーレが鳴り響き、パレードしながらの '万華鏡フォーメーション' が始まった。

同心円状の散開、妖精たちの戯れのごとき、いくつもの回転、多重四角形のぐるぐる...、そして、その緩急の間を、フラッグをもったカラーガード隊が、疾風のごとく縦横に駆け回るのだ―――しかも、一人一人の部員たちは、演奏しつつ踊りながら、さらに全体として統率のとれた流れるようなフォーメーションも展開されながら、同時にパレードは進んでいくのだ!

観客は、一瞬、静まり返る。

そして、つぎの瞬間、これまで見たこともない高次元のパフォーマンスに、会場は興奮の坩堝と化した。
会場全体からの歓声が、ゴーという地鳴りとなって、アリーナ全体に響いた。
律花の至福のオーラが、会場全体を包み込んだ瞬間だ。


海外メディアは伝えた。

「これが、次の時代を担う、日本の若者たちです。普通の若者たちです。なんという、美しさ、高度な技術、そして幸せそうな笑顔なのでしょう。彼らの技術革新には、万人を惹きつける心があります。恐るべし、日本!そして、敬すべき日本の若者たちです!彼らに、技術大国日本の未来の姿を見させてもらいました!! …うーん、なんという国なんだ..」


驚嘆と賞賛、そして歓喜の嵐は、いつまでもいつまでも続いた。

 

 

 

バーンズ・交響曲第3番

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

当初、ハーモニックなサウンドが持ち味の律花高校が、「バーンズの交響曲第3番」を演奏するというのが、どうも結びつかなかった。

この曲には、全パートの音が聞こえつつ、さらに、音が玉となってボンボン迫ってくる場面や、静かな中でのメリハリに感情を載せる場面、また、卓越したしっとりと聞かせられるソロの腕前も必要なのだ..。

 

演奏が始まった。

意外と、音に奥行きがある。
そうか、今回の演奏ホールは、音響効果に優れ、重厚な音が出せるのか..。
しかし、それを差し引いても、単なるハーモニックなサウンドとは違った。

 

劇的なティンパニによる動機と哀愁のこもるテューバ・ソロがひびく。魂を載せている。

ホルン・ソロも素晴らしく、丸い音なのにホール全体に響く…。そして切なくなるビブラート。こんな生徒が、律花にいたのか!

シンバルも良い。
音量、音色、響かせ方全てが良く、バーンズの心に、聴衆を重畳的に引き込んでいくのだ。

トロンボーンは、深みがあって豊かであるだけでなく、また、繊細な音でも、柔らかく、かつ、芯がある。

パートごとのテクニックが、飛躍的に向上しているではないか!

 

それだけではない。

情景描写も、よく理解したうえで演奏されている。

たとえば第4楽章で、ピッコロとチューバが父と娘との掛け合いの様子を表現している一方で、その背後では、サックスによる教会のミサが厳かに流れている―――その情景描写が、瞼に浮かぶがごとく、見事に表現されているのだ。
作曲者の魂が、どのように五線譜に落とし込まれているのかを、各員、よく、掴んでいる。

 

第4楽章は、予想通り、やや、畳みかけるような指揮であった。

若さが前面に出てしまうと重厚さが失われてしまうのでは、と心配していたが、ハンドオフは継ぎ目がなく滑らかで、会場の音響効果とあいまって、監督の名指揮によるバーンズ節には泣かされた。
バーンズの魂が、演奏に落とし込まれているのだ。
ああ、これが、律花の、'今年度の音'の到達点だったのだ!

 

客席に目を遣れば、律花高校に合格したばかりの中学生たちも来ている。
後輩たちも、この音を覚えていて、来年度以降の財産となっていくのだろう。

数年ぶりに全国金賞に輝いた律花高校にとって、絶望のもっとも深い暗闇から充実と喜びの輝き、そして救済へと、まさしく、その近来の歴史を飾るにふさわしい名演であった。

 

 

 

思いは永遠に

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

創部者は、生徒一人ひとりの"華(はな)"を活かす仕掛けを、部の精神に組み込んでおいた。

そして、その思いを、監督に託した。

 

生徒の純粋無垢な姿勢は、はじめ、'反発' となって現れた。

華を活かす――には、生徒が '独立自営業者化' しやすい陥穽もあった。

しかし、聡明な監督は、やがて、それは監督自身の心の表れであることに気づく。

そして、管理・指導ありきではなく、信頼関係の構築に、まず心を砕いた。

 

いっぽう、部は、そのあまりの独自性のゆえ、コンテストで全国進出できずにいた。

閉塞の日々が続いた。


全国大会へ進出できなかった先輩たち―――。

後に何を残せるかを考えた時、彼女らは、中学時代に全国大会へ出場した経験のある後輩数名を、次期幹部に推した、

大変革の '起爆装置' として―――。

 

次の期。

新幹部たちは、勝つにはどうしたらよいかを真剣に考え、伝統を尊重しつつ、いくつもの新機軸を大胆に打ち出した。

自律的な大胆な改善の流れへと、部を自然と導いたのだ。

それができたのも、前の期の先輩たちが、あらかじめ、後輩たちが雄飛しやすい下地を、気づかぬところで作りあげておいてくれたからなのだろう。

 

そして監督は―――

生徒の打ち出した新機軸を尊重した。

たとえ、自らの指導方針の修正を伴うものだったとしても、躊躇なく受け容れた。


それは生徒たちが自律的に考え、行動できる素地が醸成されていたからであり、

また監督-生徒関係を超えた、人間対人間の尊重し合あえる関係が構築されていたからだ。

振り返れば、当初の'反発'は、その構築に必要不可欠な'通過儀礼'だったかに思われる。


その美しい関係が構築できたのは、監督から生徒への薫陶もあったろう。

しかし、なによりその'気づき'の多くを与えてくれたのは、純粋無垢なガラスのように透き通った心で '変革の礎(いしずえ)' となっていった、数期に亙(わた)る数多(あまた)の生徒たちだった。

ある意味、監督は、生徒を信じ、生徒の理念を活かせる存在になるべく、生徒によって、育て上げられていったのだ。

 

かくして、全てが一体化したとき、まばゆいばかりのパワーが生み出され、

ついに、空高く舞い上がった。

全国金賞―――。


気付いたとき、監督は、本番前の円陣に、生徒たちによって迎え入れられていた。

生徒とともに'華'を育て、その'華'と同化でき、全国トップレベルにまで到達できる監督は、まず、少ない。
それを見抜き、全幅の信頼をもって後事を託したのは、創部者の慧眼あってのことであろう。

創部者は、また、自らの理念は、頂上を目指して少しずつ結実していくものだとも述べていた。

まさしく、その予言通り、壮大なドラマが展開され、そして大輪の華を咲かせたのだ。

真の結実―――。

 


創部者の思いは、今後とも、この類まれな監督の下で、さまざな美しい形となって、いつまでも香(かぐわ)しき香りを放ち続けるに違いない。

 

 

 

引継状

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

ソウタは、吹部でも貴重な男子部員だ。
3年生の女子部員たちの意見で、後輩たちに「引継状」の贈呈式をすることとなった。
来年度も、全国金の伝統を引き継いでいってほしいという一途な想いからだった。
でも、ソウタは、女子部員の手前、表情には出さないでいたが、贈呈式をすることに、なにか違和感を感じていた。


練習室で贈呈式がはじまる。

式の最中、ソウタは、こんなことを考えていた。

――自分たちが先輩からもろた以上のものを、自分たちは後輩に与えることができたんやろか?
先輩も自分たちも、もともと持っている資質に大差ないんやったら、金賞獲れたんは、監督やコーチの指導のおかげとちゃうやろうか...

 

 

「来年も、全国金賞とってください。」

3年部長の声に、2年の次期部長は、「引継状」を恭しく受け取る。周りからは、パチパチと拍手もおこる。


でも、なんか不自然や。
後輩から自分たちへの'思いやり'のように思えてきた。
後輩へ'檄'を出したつもりが、これやとかえって、労(いた)わられてるんやないか?

ソウタは、目立たぬよう、独り、渋い表情をしていた。

―――どないしたら、ええやろ?

 

そのとき、3年の部長が、2年の次期部長を前にして口を開いた。

「いっこ、お願いがあるんや。来年も全国で金賞獲れたら、その引継状を華々しく破り捨ててほしいんよ。」

次期部長は、ぎょっとして、目が点、口はポカンと開いたまま。

「…うちらの'足跡(あしあと)'やったら、賞状とトロフィーだけで十分や。律花吹部には、まだ、うちらの代では果たせへんた、吹コン、マーコンともに全国金って夢があるやろ?
ほんで、それに向かって、今度はみんなが、また新しい'引継状'を出していくんや。また、破られるようにな...。
それが、先輩を代々超えていくことになると思う。

...ほやけど、そないなもん大事に練習室に貼っといたら、身動きできへんようになってまう。
常に、破り捨てたる~て見といた方が、はるかに元気出るやんか。」

そういうと、3年の部長は、ニッと笑った。

一瞬の後、練習室に、大きな拍手が沸き起こった。


ソウタは、ほっとした。

―――なんや、分かっとったんやな。これでまた、いい伝統が続きそうや...。

ソウタは、意識のむこうに、卒部後の次の展開の香しい光を感じとっていた。

 

 

 

レボリューション

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

インデックス・ホールの入口脇で、泣いた。
関西大会金賞をとりながら、また、全国出場が叶わなかったのだ。


片隅では、仲間と抱き合って、おいおい泣いている者もいる。その様子をみると、アイナは、いたたまれなくなる。

コーチは「立派だった。堂々としよう。」とか、監督は目を真っ赤にしながらも「明日から切り替えて、新たな気持ちで再出発しよう」などと言ってくれる。

しかし、3年生の先輩には、もう、次は無いのだ...。

 


翌日。練習室。

部長とDMとが、2年生以下の下級生たちを前にして言った。

「みんな、頑張ってくれたのに、すまない。そして、ありがとう。私たちの叶わなかった夢を、頼みます。」
二人は、3年生を代表して、頭を下げた。

そこここで、すすり泣きが漏れる。
練習室は、窓から陽が射し込んでいるというのに、重苦しい空気に包まれる。
数秒間の静寂...どこか、重低音が響いているようだ。

しかし、なぜか、次期部長のアイナと次期DMのミユだけは、なにか違う...と感じていた。

 


練習終了後、二人は駅前のファーストフード店に入った。

あたりは、もうすっかり、夜のとばりがおりている。商店街の華やかな明かりが、妙に、よそよそしく感じられる。


ミ「ねえ、アイナ。これからどないしよう..」

ア「うん...。あのさ、なんか、ちがくない?」

ミ「ちがう...って?」

アイナは、ジュースをちょっと飲んでから

ア「わたしたち...、例年の繰り返し、走っとる気がせーへん?」

ミユは、口元まで運びかけていたハンバーガーを止めて、

ミ「それや!あん時、部長が『夢を頼みます』言うた時、しっくりこなかったんは。」

ア「うんうん、うちも、そう感じた。それから、ずーっと、なぜピンときーひんか、考えておった。」

ミ「それで...?」

アイナは、ゆっくりと、小さくハンバーガーを一口、かじると

ア「中学の時、思い出して..。ミユもうちも、全国行ったんやんな。」

ミ「うん。」

ア「あの時は、夢中で、分からへんかったけど、なんか、周りの世界が、今より純粋で、シンプルで、清々しい日々やった気がする...。」

ミ「うんうん。」

ア「今は、いろんなことやって、毎日が目まぐるしくて..。そして、それが当たり前のようになっておって...」

ミ「わかる。わかる。」

ア「そうして、擦り切れていくんやないかって..」

ミ「......」

ア「言いすぎや、思う?」

ミ「ううん、同感...。やけど...」

ア「やけど...?」

ミ「うん...律花らしくあるために、やること沢山あるんは、仕方ないと思ってた。それが伝統をつないでいくことやと思ってた。」

ア「うん、監督も熱心に教えてくれはるしな...。やけど、このままなら、先輩とおんなじ路線、確定やで。」

ミ「......」

ア「......」

コップの中で、氷が、カランと音をたてた。

ア「うちらに足らへんもの、何やろう..。」

ミ「...'音'やろな。全国出場校と比べて、レベル的には近いところまでは行っておると思うけど、その一歩が大きいんやろな。」

ア「うん、前々から、気づいておった。まず、そこからなのかもしれへんな。やけど、その一歩が、とてつもなく遠いんや。」

ミ「うん。そこしか、思い当たらん。」

ア「せやけど、ダンスしながら音まで良うするのんは、時間的にも技術的にも、不可能に近ない?」

ミ「ある意味、スピードスケート選手が、美しさを取り入れたい言うて、途中4回転ジャンプを組み込みつつも優勝してしまうようなもんやろ?」

ア「あはは...。そうや、そうや。おもろい例えや。...やけど、伝統を守りつつ革新するいうんは、そのくらい難しいもんやろな。」

ミ「...やる?」

ア「やるしかあらへん。」

ミ「うん。うちらの代は、革新に失敗しても構わへん。たとえ失敗しても、その経験が、後輩たちの肥やしになるやろ。」

ア「うん、うん。なにもせーへんかったら、何も出てこーへんしな。うちらの代は、それで十分や。あとは...」

ミ「あとは?」

ア「ダンス・アンド・マーチングに憧れて律花に入ってきた子たちを、どないして説得するか、や。」

ミ「うちも最初、そうやった...。監督に指導方針を掛け合うのは、まず、そのハードル乗り越えて、全体の意志を統一してからやな。」

ア「ある意味、'反乱'や...。監督がこれまで積み上げてきた指導方針を大きく変えてしまうことになるやろし..」

ミ「二人で、討ち死にしようやん。」

ア「あははは..。おもろい。やけど、討ち死いうたら、落ち武者みたいで嫌や。二人で、ジャンヌダルクになるんや。」

ミ「革命の女神やな。あはは..。それ、いい!」

 


翌日昼休み。練習室。

アイナとミユは、まず、3年生の部長とDMに、思いのたけをぶつけてみた。

ミユ「...というわけで、伝統とダンスをある程度維持したうえでの音重視への変更を、監督にお願いしようかと考えておるところです。」

3年DM「...そうして考えてくれること自体、うれしい。うちら3年生は、なんぼでも踏み台になる。」

3年部長「こら、単純に、ダンスと音との'時間配分の問題'やろか。これまでの、たくさんダンス覚えるんが律花らしさや―――ちゅう考えを打ち破らなあかんな..。」

窓外では、校舎横の木の枝が風に揺れている。
その様子をなんとなく見ていたアイナは、なぜか、盆栽の手入れをしている祖父との会話を思い出していた。


  「おじいちゃん、何してはるん?」
  「剪定や」
  「センテイ?」
  「ああ。何年後かの美しい生長した姿を想像して、中心となる枝、そうでない枝を見極めて、枝抜きしたり、生長の方向を整えたりするんや。」
  「なんか、スカスカになっとらん?」
  「『削る美』やな。ははは。たまに、期待掛けすぎて、アンバランスに、すきすぎてしまうこともあるんやけどな。ははは。」

 

アイナ「...削る美...」

ミ「アイナ、いま、なんて言うた?」

ア「削る美...あ、そうや!『削る美』や!!」

ミ「???」

ア「いままで、たくさんステップを覚えることが美しさにつながる――思うてた。それが伝統やと思うてた。せやけど、ちがうんや。」

ミ「どない?」

ア「それやと、ダンスか音かの二択になってまう。時間がいくらあっても足らへん。そやなくて、完成形に向けて、伸びやすいように、美しく削り方を工夫すればいいんや。」

ミ「『削り方の工夫』?」

ア「そうや、まず、余分な肉を削ぎ落し、効率的に組み立て直すんや。」

3年部長「活動日誌なら、個人的にくわしくつけていたのがある。」

ア「さすが、先輩、有難うございます。まず、日々の活動日誌をもとに、今年度のタイムスケジュールの問題点を洗い出す。なぜ、変更したかとか、どこに無理があったのかとか..。」

3年DM「ここ2年間の音源記録もある。」

ア「それがあれば、イベントごとの音の仕上がり具合をチェックできます。それから、各パートリーダーの先輩がつけてはった『成長記録』をもとに、お話を伺いながら、どのタイミングで、どのような練習を積み重ねていったために音質が向上したのか、確認したいと思います。」

3年部長「みんなにも、音が向上したと感じた瞬間のアンケートをとったら。どういうタイミングなり、場面なりで、どんなことしたから向上したからとか。失敗したとか。共有できる価値ある情報を掘り出せるかもな。」

ミ「そして、それらを総合して、スキルのライブラリー化し、練習にメリハリつけるんが、削り取ることなんやな。」

ア「ありがとう、そうなんや、そこなんや..。それと、中心となる太い枝と、それに寄り添い全体を豊かにする細い枝を、完成の観点から、時系列で再検討するんや。」


ミ「それから、先輩を前にして言うのもなんやけど、昔からのなんとなく続けられてきた上下関係の習慣も、再検討したら..」

3年部長「今日の話聞く前やったら、反対やったけど、むしろ、これまでなんとなく続けてきた'しくみ'をぶっ壊すことは、絶対、やらなあかん。」

3年DM「片付けや掃除も全員でやるとか、パートごとの音出し練習も、ソロコン全国入賞の1、2年生をリーダーに据えるとか、部内でのミニ・コンサートをひんぱんに開いて発表の機会をもっと増やすとか..」

ミ「うんうん..。何か、イメージ湧いてきた。」

ア「じゃ、みんなにも意見を聞いてみよう。」

その晩、アイナは吹部部員のSNSグループ内で、皆に、思いのたけをぶつけてみた。
うれしかったのは、ダンス・アンド・マーチングに憧れて律花に入ってきたはずのハルナが、諸手を挙げて賛成してくれたことだった。こんなにエキサイティングな冒険ができるんは、幸せやいうて..。下級生の取りまとめ役も申し出てくれた。

こうして、全員から、賛同が得られた。

 


二日後。アイナ,ミユ,3年の部長とDMの4人は、準備室にいる監督に会いに行った。

アイナ「...というふうに、私たちは考えています。難しい道のりであることはわかっていますが、私たち全員で頑張ろうと一致しています。どうか、宜しくお願いします。」

監督は、しばらく腕組みをしてじっと聞いていたが、数秒後、突然、笑い出した。

監「ふっ..、はっはっはっはっ..。長いこと監督やっておるが、生徒に監督されたんは、初めてや。もう、根回しも完了しておるんやろ。はっはっは。見事や。」

ア「すいません..」

監「いや、嬉しいんや...。うん、よく、考えた。よし、抜本的に変えたる!」

4人「有難うございます!」

監「明日、全部員を集めて私から話を切り出すが、あとはアイナが話してくれ。」

ア「はい。」

監「それから、今度の土日に、集中してそれら資料を検討して、指導スキルの効率的なライブラリー化が図れるか研究してみよう。それから部内SNSグルーブに、'なんでも目安箱'ちゅうのを作ってくれ。匿名投稿できる...」

ア「はい。」

監「生徒の内発的な'芽'は、その都度大切に育て上げたいし、そこを見んと、育っていく方向性も見えてこんやろ。」

4人「ありがとうございました。宜しくお願いします。」

4人は、頭を下げて準備室から出ていった。


監督は独りになると、腹に飲み込むように軽く口を結んで、目元を緩ませた。

 (見事に、やられたな...。あんだけの問題解決能力と実行力があれば、ひょっとしたら、全国行って、金賞いけるかもな..)

 

 

 

扉の開くとき

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

マーチング・コンテスト。演技直前、フロアー入り口。
DMは、一点の曇りのない、そして、少しの気負いもない満面の笑みで、皆に呼び掛けた。

「みなさん、楽しんでやってきましょう」


ことし、ユミには、はじめて、その言葉がすんなり受け入れられたのだ。

去年も、そして、その前の年も、先輩のDMたちは、たしか、そう言っていたと思う。
しかし、当時のユミは、絶対勝たねばならないという気持ちから、どうしても硬さが出てしまっていたのだ。


だが、今年は、違う。

今年は、練習を、意識がもうろうとするまで、何百回もやった。
寝ている間も、マーチングをしている夢を見る。朝、起きると、腿の筋肉が吊りそうにパンパンに張っているのも、夢のなかでの猛練習のためだ。
数学の授業中も、睡魔と戦いながらノートをとっているとき、はっと気づくと、ノートにはマーチングの注意点を書いていた...

こうなると、練習自体が、夢なのか、現実なのか、わからなくなってきた。

考えなくても、音に合わせて体が自然と動くようになる。周りとの音のバランスも、自然ととれるようになってくる..。

ひとりひとりがそのレベルに達すると、81名全体が、寸分の乱れもなく、呼吸や音出し、コレオグラフィーが、気持ちいいように揃うのだ。乱そうにも、乱すことができないオーラが、バンド全体を包み込む。そして、通し練習が終わると、'心にすっきりと納まる'のだ。

そうなると、コーチは、もう細かい技術的なことは言わなくなった。

仕上げ最後の指導は、
「胸を張って、明るく、夢いっぱいに」であった。

練習が、みんなと一体感のなかで行うことができ、ユミには、楽しく、そして幸せな時間に感じられた。

だからこそ、DMの「楽しんでやってきましょう」は、心に素直に響くのだ。

金賞も大事だが、それ以上に、自分たちの団結のハーモニーの世界に、お客さんも引き込みたい、そして感動してほしい...という気もちのほうが、勝っていた。なんか、賞は、二の次になってきたみたいだ。当初の「勝ちを取りにいくぞ!」という気負いは、とうの昔に吹き飛んでいた。


扉の向こうから、学校紹介のアナウンスが聞こえてきた。

扉が開いた。

緑色のフロアーが見えた。

団結のハーモニーの映える、幸せな'天上界'が、眼前に広がった。

 

 

演技が始まる。
 
ものの2分も経たないうちに、7名の審査員たちは評定用紙に書き込み終え、あとは、淡々と眺めているふうだった。

そして演技が終わったとき..

審査員席には七つの笑顔が並び、なかには頷きながら小さく拍手する審査員、また控えめに手を振ってくれる審査員すらいた。
そんなことは、異例中の異例であった。 

 


演技後、玄関脇フロアで。

監督は、皆の前で、『講評』を読み始めた。

「講評は、こうや..。」

「健全な、若さ溢れる感動の演技。会場全体が、柔らかく瑞々しい、至福のオーラで包み込まれました。
さらに躍動感に満ちた激しい動きにも関わらず、体幹アンブシュアや音質は維持。従来のマーチングの常識を覆す技術で、まさにミラクルとしかいいようがありません。音質もさることながら、その緩急の妙や、オリジナリティあふれる構成といい、それらが総体となって圧巻の美のハーモニーをつくりだしており、御校の演技は…」

そこまでくると、監督は、ウッと詰まった。

「御校の演技は…、新しいマーチングの可能性の一つを示されたというのが、審査員の一致した意見です。最大限の賛辞を送ります。…以上。」

―――監督には、自校の演技が、亜流といわれた日々の想いが去来したのだろう。

      亜流どころか、本流を変革させるほどの、新たな可能性を示した'先導者'と認められたのだ。

   律花吹部の方針に、時代のほうが追いついた瞬間だった。

   '扉'は、開いた。

 

ユミは思った。

 そうなんや...。あれが満点金賞やったんか...。
 
 無意識でやった演技やったさかい、言われてみても、心では、正直、ピンときいひん..。
 満腹の上に満腹になったみたいや...。

 あ、監督が、真っ赤に目を腫らしておる..。

 ウッ..

―――感激と歓びで、ユミの視界は滲んだ..


 監督を泣かせるなんて、初めてや。嬉しい!ほんま、嬉しい!
 
 こら、ホンモンのうちらの'勲章'や...。

 

―――自分たちの演技が、律花吹部の新たなステージの扉をこじ開ける偉業を成し遂げた意義に、ユミはまだ気づかずにいた。
   しかし、吹奏楽への純粋無垢な愛とは、そんなものなのかもしれないし、また、それも、光り輝く周りの景色が高速で飛び去って行く、青春の輝きの一コマなのかもしれない。

   そして彼女たちは、いったい、これから、いくつの美しい扉を開けながら、青春を駆け抜けていくのであろうか...。

 

 

 

 

友情返し

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

―――練習室。
   五線譜黒板の前に、監督が立っている。


パレ―ド・フェスティバル、ご苦労さん。
皆、体調の方は、大丈夫か?

  はい! 

うん、一部、足がつった者もおったようだが...全国大会本番まで体調の自己管理にも気をつけてな..。
それから、リオナ!

  はい。

パレードのさい、落とし物拾ったんは、偉かったで。

  わたし、べつに...

ま、場合にもよるが、ふつう、最後尾なら、落としモンなんか無視するのが常識や。しかも、酸欠状態で疲労困憊しとるなかで、や。
そういう極限状態のなかの、ふとした行為にこそ、その人の本性があらわれるんや。
あれは、うちのパレードの美しさに、内面からの美しさの華を添えたんや。感動したで。

―――パチパチ..仲間からの拍手が沸き起こる。
   顔を真っ赤にするリオナ。

 

ところで...

―――監督は、ポケットに入れていた左手を抜いた。

パレード後の聖良さんとの懇親会、どうやった?部長。

  同学年同士とか同じパート同士で、練習の悩みとか工夫とか、忌憚なく意見交換できて、とても良かったです。うちらとおんなじ悩みをもってはるんやな、と。なんか、親しみと自信が持てました。

DMは?

  とても友好的で、2年前にお付き合いをはじめて、うちらの代で、はじめてユニフォーム交換してもらえました。とてもうれしかったです。


そうか...。
ところで、君ら、気づいたか?
コロナが完全には収まっておらず、全国大会の表彰式も感染防止のため、今年は無しや。
なのに、そうした全国大会直前のこのタイミングで、うちとの交歓会をやってくれたんやで..。

―――みな、はっとした顔

そうや...。マスクしとっても、下手すれば、全滅や......。
その危険が分かっておっても、ウチと会ってくれる...そういう、聖良さんの有難みを忘れたら、あかん。

  はい。

それに、もうちょい、考えてほしいんや。

―――監督は、持っていたタクトを譜面台の上に丁寧に置いてから、そして話を続けた。

聖良さんは...、ここ何十年も、毎年毎年、全国金賞や。...ウチとつきあうメリット、どこにあるんや?

―――いくぶん当惑混じりの、何かを探るかのような顔、顔、顔。

まさか、聖良さんが、ウチらのファンや...なんて、よう言わへん。
聖良さんは、ある意味、感染リスク、つまり、全国出場辞退の危険を冒してまで、会ってくれたんや。
しかも、うちらとおんなじ目線に立ってくれ、迎え入れてくれたんやで。
せやから、うちとしては、聖良さんに感謝の念を持たなあかんし、懇親を深めたからといって、同じ立ち位置におるかのような、幻想を抱いてはあかん。

  はい。

では...、どないして感謝の気持ちを示したらええ思う?部長。

 ...ようやく、気づきました。監督、ありがとうございます。...全国大会での演技順は、聖良さんより前やから、聖良さんを慌てさせるほどの凄い演技で、"お礼返し"をしたいと思います。


よう、言うた。さすが、部長や..。
ええか、みんな。
聖良さんが茫然自失するような、圧巻の演奏演技を、堂々と繰り広げるんや..。
それが、本当の意味での"友情返し"や。

君らの、今の友情は、対等やない。もらってばかりや。
聖良さんのほうから、うちへ来てくれはるようになって、ようやく、互いに与え合える関係になれるんや。そんなんを真の友情って言うのちゃうか。

  はい!

―――部員たちは、全国金賞へのプレッシャーが全くなくなり、その表情には、険しさよりも、どこかしら、喜びの表情すら漂い始めた。全国金賞なんて、まったく、ちっぽけなことのように思われた。

律花が、律花らしく輝くこと―――それは、外からの評判によるものではなく、友情とプライドにかけ、内面から輝くことで周りにエネルギーを与えられる存在になることだ。

これほど、進むべき道がクリアーになったことがあったろうか。

監督は、いや、聖良高校は、そのことを鮮やかに示してくれたのだ。

 

   練習室を眺めまわした監督は、全体が、静かな、揺らめくオーラに包まれだしたことを感じ取っていた。
      
   (聖良さんには、ほんま、感謝や..。うちの見事な貫禄負けや..。有難い..。)

 

 

 

伝説から序曲へ

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

表彰式―――

「関西代表、律花高等学校。ゴー..」

とたんに、部員からギャーという叫びが沸き起こり、後に続く「..ルド金賞」と混じりあう。

恭しくトロフィーを受けるDM..。
その重みを確かめるかのように、いとおしそうに抱きかかえるように持っている。
そう、代々の先輩たちが希求しても叶わなかった、その究極のフィナーレが、いま、手中にあるのだ。

  どこからか「そして伝説へ」が聞こえてくるようや―――
  いま、
  うちらは、光の中におる...

充実感、達成感、そして同時に、頂上を極めてしまった勝者のみが感じることのできる一抹の寂しさのようなものも混じっていた。
これ以上、何が求められよう...

 

DMは、ふと、スタンド席に目を遣る。
2階最前列に陣取って携帯で撮影している先輩たちは、人目もはばからず、皆、頬を濡らしているようだ。

  何か、誇らしい..。
  技術と魂の襷を延々とつないできてくれはった、先輩たちへの感謝と、伝統の有難さを感じる。律花で、ほんまに良かった...。その延長上に、今日の'大輪の花'が開いたんや。

 

  せやけど...

DMは、その「襷」が気になった。
さも当然であるがごとく平然と並ぶ全国金賞常連校を横目に見ながら、今度は自分たちが、後輩たちに、この'金色の襷'を渡せられるかどうかが、気になり始めたのだ。


  うちらの代は、良い。
  ほやけど、今年コロナで参加を辞退せなあかんかった団体は、その悔しさをバネに、来年は、ものすごいレベルアップしてくるやろう。
  そしたら、後輩たちは、うちらの代より、はるかに困難の道に挑まなあかんはずや...

  今年のやり方は、通用せんやろ..

  今年だけの'一瞬のきらめき'で終わらしたら、あかん!

  これからが、律花が '全国金賞常連校' に変わるための体制作りの本番や。

  今、ここは、ゴールやない。新たな伝統づくりのスタート地点に立ったんや...。

  歴代のDMの、ほとんどが成し遂げたことがない、本当のゴールドのはじまりは、ここからや!

 

トロフィーを握る手に、力が入る。

それまでの柔らかなDMの眼差しが、一転、熱と光とを帯び始める。

心のどこかで「ドラクエ序曲」が響きだした―――

 

 

伝統の断絶

(以下は、フィクションであり、特定の個人、または団体を指すものではありません。)

 

 

「本番まで、あと1週間!
なんで、いまさらステップ、揃わへんねん。」
「気合、入ってるんか!」

DMはあせる。あせって、声が裏返る。
団員たちは、連日の猛練習の疲れから思考停止に陥り、衝突して楽器をぶつける者、滑って転倒する者、頓狂な音を出す者など、数えきれない。なかには、その場でへたり込む部員もいる。

「1ミリでも前進しようちゅう気迫、起こらへんのか!」

DMは檄を飛ばす。
檄を飛ばしながら、まったくの'暖簾に腕押し'なのに気づく。


皆に悪意はない。先輩たちとの技術力の差もないはずや。音質・音量だって、負けてはいない。
なのに、なぜ、ミスが頻発するんや...。
気合だけの問題やない...。


想えば、コロナで、自分たちには1回もパレード経験がない。
先輩たちの残した動画をみると、すぐにでも再現できるように思える。
なのに、なぜ、できない?


はじめ、原因を、合宿での練習メニューにあるのか考えた。
でも、先輩たちと同じ内容で、べつだん、足りない部分はない...。

 

あっ。

その時気づいた。

ここ、1、2年、有名私大受験コース生から吹奏楽部に入る者が増えてきた。
そこで親達が、コロナでイベントに参加できないのをチャンスとばかり、勉学の時間の確保を監督に要望してきたのだ。
それを受けて監督は、イベントに参加できないのなら、まずは吹奏楽の基本である座奏の練習時間を確保し、いつ参加できるかわからないパレードの練習時間の一部を、大学受験勉強時間に割愛してくれたのだ。
たしかに、推薦がもらえる一部の幹部団員を除いて、一般団員の大学受験は、困難を極めている。監督の恩情でもあろう。


だが、その結果、どうなったか。

時間が削られた分、監督は、たえず「どないしたらええ思う?」と聞いてくるが、その都度、最善の結論は、すでに用意されているのだ。納得―――で終わる。

たしかに他校との競争の中、時間がないのはわかるが、生徒サイドで、パートリーダーが中心となって気づきを与えながら、皆の考えを引き出しながらじっくり仕上げていく過程が、無くなってしまったのだ。

 

なるほど、完成形の視点から見ると、時間の浪費とも思われる'膨大な試行錯誤の時間'ではあるだろう。
しかし、その浪費とも思われる時間こそ、気づきによる様々な視点が互いにぶつかりあい、調整され、そして全体がバランスよく仕上げられていく、大切な過程なのだ。

この過程の経験なくして、団員一人ひとりの「内発的な創造力」は働かない。

全体像のなかでの、今、自分がやっていることの位置づけも分からない。

さらには、余分な部分を削ぎ落とした結果の「力の抜きどころ」もわからないのだ。

気づきのぶつかり合いの過程を知っているからこそ、力の抜きどころも分かるからだ。

その '遊び' を作り出せないことには、ダイナミズムも生まれてはこない。


こういった過程を、効率化の名のもと省略してしまうと、練習は、「調教」に陥る。

折しも、律花はいまや進学校となり、団員は勉学もできる優秀な生徒たちばかりとなった。呑み込みの早い、聡明な生徒たちばかり。だからこそ、その理解力が、かえって内発的な創造力の醸成を邪魔してしまう面もあるのだ。

結果、練習の激しさが、ある一線を越えると、疲労がたまり、無思考状態に陥り、ミスが頻発する...

 

先輩たちの動画と自分たちの演技との違い―――。
座奏でまねれば、遜色ない、と思う。
けれど、じっさいパレードしてみると、笑顔と、譜面には現れない'迫ってくるもの'が違うのだ。

自分たちが憧れて入ってきた、律花高校の先輩たちの、あの超感動のパレード――そのオーラが、隊列全体の息遣いが、再現できない。一滴の感動の涙すら催さない...

伝統の断絶―――。

 

「一から立て直すか...。うちらの代は、コロナ後の、復興の世代や...」

  ―――DMは、ひとり小さく呟いた。

 

 

 

その目の輝きに

 

 

その目は、何を見てきた?
栄光、挫折、友情、苛立ち、賞賛、悔恨、歓喜......。
残像の断片が、うずまき、せめぎあい、 
カオスが、いま、溢れ出ようする


それなのに

ピュアで涼やかな
あなたの
その目の光。

手には目に見えぬ真白きバトン、
視線の先には未来。
無限の未来に向け、
いま、吹き出そうとしている
碧(あお)い光。

不確定な未来へ向けて
あなたは突き進む


なのに


そこには無謀さも
痛々しさも
狂気の光もない。


なぜ――


青春の全てを捧げ、
あらゆる深淵を覗き、
そして体当たりし、
'行進'を続けてきた、

だからこそ、

壮大な叙事詩は、これからも紡がれていくのだ。
過去から現在、そして未来へ。


叙事詩の中に生きる者の
「今」あることの
美しさよ!


未来はきっと貴女の掌中にある。

 

 

 

行雲流水

 

 

いつもご愛読、有難うございます。

このところ、新しいイメージが湧かず、新作発表が滞っています。折角、ご訪問くださった方に申し訳ないので、そこで今回は、これまで思うがまま書き綴った作品の中から、「作者の思い入れ作品」を何点か紹介させて頂きたく存じます。

 

まずは、現在(2021/06/21)人気第10位の「美しき継承」。

プロにはみられない、部活動の美学がここにはあります。
パートの技術や伝統、そして魂を見事に継承させた、主人公の資質や品性は、尊く、美しい。そしてフェードアウトしていく彼女の去り際には、純な、朗らかな、そして匂うが如き美しさがあります。

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つぎに「美しきマーチング」。

律花高校のダンシング・アンド・マーチングに惹きつけられる要因はどこなのか、あれこれ考えた末の、自分なりの結論を書いたものです。
当初、カタい文章なので如何なものか...と思っていましたが、一定の反響を頂けたようで、有難い限りです。
律花高校吹奏楽部のマネをしようとしても、そうそうできない内実が垣間見られるかもしれません。

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それから「義足の妖精」。

傍から見れば、これ以上ない苦難の中にあるはずなのに、主人公は、純粋・無垢な、若さで一心に理想を追い求めていく、その「尊さ」に我々は感動させられ、彼女から幸せや勇気をもらえるのです。また、彼女の静かなバイタリティーが、自身を取り巻く周りの環境をも変えていったのでしょう。それなのに、ご本人は「みんなにも支えてもらって、障がいがあることなんか忘れて、幸せな気持ちになれました」との弁。―――これ以上、惹きつけられる言葉はありますまい。

 

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「キング」は、律花吹部に憧れて、地方から出てきた部員さんを描いてほしいというリクエストに応えたものです。内実が全く分からず、冗長となってしまいましたが、中学~高校の成長の様子が多少とでも描かれていれば幸いです。

 

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その他、「新生へのプレリュード」は、実際、聞きに行かれた方のお話を下敷きにいたしました。

また1番人気の「香しき世界へ」は、定演で、すごく落ち込んでいる生徒さんを見て、はやく立ち直ってほしいとの願いを込めて創作したものです。

 

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また、3番人気の「<外伝> observers」は、とある吹部の前顧問のご著書を3回拝読し、イメージを膨らませたうえで創作したものです。あくまで創作ですが、多少なりとでも、教育者というものの姿勢のあり方に触れられていれば幸いです。

 

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「夢のなかへ」は、予想外の人気でした。京都弁が、ある程度、しっかり書けていたからかもしれません。あるいはOGたちの活躍か...

 

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「続・夢のなかへ」。運が開ける瞬間というのは、唐突にやってくるものなので、この種のサクセスストーリーに「取って付けた感」をなくし、説得力をどのように持たせるかに悩み、英文スピーチを後から挿入しました。これにより、多少のリアリティーは向上したとおもいますが、公園でのジェーンとの出会いの唐突感は、ご容赦の程。

 

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カンタベリーコラール」「音を追いかけて」の描写の一部は、ピアノをしている妻との会話がヒントになっています。

  

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 また、「Wish in bloom in the US」の終段部分は、とくに気に入っています。

脳裏にいつまでもありありと映像が残るような、余韻のある終わらせ方が好きです。

 

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その他、現在、リライトを考えている以下の作品もあります。

2020年代は、本作のような技術革新の年代になるような気がしてなりません。その一方で、変わらぬ普遍的価値の在りかも、改めて問われるようになるのではと思います。

 

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どうか旧作にも、今一度、お目を向けていただければ幸いです。

最後までお付き合いいただき、有難うございました。